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2009年9月28日 (月)

連温卿について

 先日、『民俗台湾』のバックナンバーをパラパラ拾い読みしていたら、連温卿「台湾民族性の一考察」という論文が目に付いた。全6回、第4号(昭和16年10月)から第11号(昭和17年5月)まで断続的に連載されている。なぜ目に付いたかと言うと、他の論文・報告・随筆と比べて文体が異質だったから。生産手段、剰余価値といった用語、あの独特に生硬な論理立て、明らかにマルクス主義である。連温卿という名前は台湾議会設置請願運動で目にした記憶はあった(たとえば、若林正丈『台湾抗日運動史研究』増補版、研文出版、2001年)。『民俗台湾』掲載号の筆者紹介には「台湾籾殻灰販売組合常務理事、在大稲埕」とある。

 連温卿という人の概略については戴國煇「台湾抗日左派指導者連温卿とその稿本」(『史苑』第35巻第2号、1975年3月)、伊藤幹彦「台湾社会主義思想史──連温卿の政治思想」(『南島史学』第60号、2002年11月)を参照した。

 連温卿は台北出身(生年については、若林書では1893年、wikipediaでは1894年、伊藤論文では1895年となっている。没年は1957年)。公学校卒業以上の学歴はない。エスペラント協会に入ってから社会問題に関心を抱くようになり、台北在住のエスペランティスト山口小静の紹介で山川均・菊栄夫妻との交流が始まった。台湾議会設置請願の運動母体となった台湾文化協会でも活動。林献堂・蔡培火らの改良主義派、蒋渭水らの民主主義派とも一線を画し、王敏川と共に社会主義派の中心となる。林、蒋らの脱退・分裂によって社会主義派が文化協会を乗っ取るが、連もイデオロギー闘争(福本イズムvs.山川イズム)に敗れて、1929年に除名された。

 沖縄出身のエスペランティスト比嘉春潮は、エロシェンコの手記を送ったのをきっかけに連温卿と親しく付き合うようになったと記している(『沖縄の歳月──自伝的回想から』中公新書、1969年、102‐103ページ。本書ではR氏となっている)。山川菊栄『おんな二代の記』(平凡社・東洋文庫、1972年)にも、山口小静の思い出と共に連についての記述がある(248‐251、342‐354ページ)。山口からの手紙が引用されており、彼女は特高から「内地人がエスペラントをやる分には構わないが、台湾人がやれば反日的とみなす」と言われたらしい。山川均「植民政策下の台湾」(初出『改造』1926年5月号)という論文は連の資料提供に基づいて執筆されたという(『山川均全集第七巻』勁草書房、1966年、258ページ)。

 早逝した山口小静の追悼文を山川均が書いており、所収の『山川均全集第五巻』に山口と連の二人が並んだ写真も掲載されている(200ページ)。山口という人は、細身で勝気な表情をした実に凛々しい女性だ。父親は台湾神宮の神官であった。東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)在学中に社会主義運動と関わり、にらまれていたが、病気で退学、台北に帰郷。小学校の教師をしながらエスペラント運動に従事していたが、無理がたたって23歳で病死した。

 さて、『民俗台湾』掲載の「台湾民族性の一考察」の話に戻る。経済的発展段階によってオランダ統治期以来の台湾史を把握する趣旨の論文なのだが、清代の台湾封鎖政策によって大陸との経済的連携から離れた、従って、台湾への移住者は中国人ではあっても、「生活の異変を通じて新たなる民族の意識を昂揚し、把握し、共通化ならしめるとともに、経済的独立を築いてゆくのであった」という論点が目を引く。同様の論旨は他の民俗学的な考察でも一貫している。「牽手考」(『民俗台湾』第26号、昭和18年8月)は妻を意味する「牽手」という言葉の語源的な考察、「媳婦及び養女の慣習について」(『民俗台湾』第29号、昭和18年11月)は妻にする前提で幼女をもらい受ける習俗について考察しているのだが、いずれも清代の台湾封鎖政策が移住男性の結婚難をもたらし、平埔族との婚姻が進んだことが背景にあると指摘する。台湾の経済的独立、漢族の平埔族との混血・習俗的混淆、こうした論点は台湾人としての民族的独自性を強調する方向につながる。

 社会主義運動に挫折して民族学・民俗学に向かった人は珍しくない。たとえば、石田英一郎、橋浦泰雄といった名前が思い浮かぶ。『民俗台湾』に寄稿した台湾人の顔触れにも、連温卿のほか、プロレタリア文学で知られる楊逵がいた。連温卿の場合には、マルクス主義に基づいて日本の帝国主義を批判すると同時に、台湾の経済史的・民俗学的考察を通して台湾独立論につながる議論を示していた点にも興味がひかれる。

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