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2009年9月25日 (金)

黄栄燦という人

 「恐怖的検査──台湾二二八事件」という木版画は私も何かで見た覚えがある。作者は黄栄燦という人。重慶出身の美術家である。1945年、日本の敗戦、国民政府の進駐という状況の中で台湾にやって来た。二・二八事件というと本省人対外省人の対立構図が強調されるが、目撃したその凄惨なあり様を作品として残したのも外省人であったことは記憶しておいていいだろう。

 以下の記述は、黄英哲「台湾における木版画家黄栄燦の足跡(1945-1952):魯迅思想伝播の一形態として」(『アジア遊学』第25号、2001年3月)、陳藻香「濱田隼雄のヒューマニティ:「黄榮燦君」と「木刻画」」(『天理臺灣學會年報』第七号、1998年6月)を参照した。黄栄燦については横地剛『南天の虹』という本もあるらしいが、入手できておらず未見。

 黄栄燦は1916年の生まれ。はっきりとしたことは分からないが、魯迅の木版画運動に学んだ人だという。魯迅が木版画に深い関心を寄せていたことは内山嘉吉・奈良和夫『魯迅と木刻』(研文出版、1981年)を参照(ただし、本書に黄栄燦の名前は出てこない)。魯迅は木版画ではなく敢えて「木刻」という表現を用いた。木版を刻むという能動的行為に着目し、思想表現としての役割を意識したからだろうか。魯迅が関心を持った理由としては、木版はもともと中国起源だが西欧・日本を経て里帰りした芸術だと考えたこと、識字率の低い民衆に連環図画の普及を意図していたこと、忙しい中でもわずかな時間で製作できる簡便性、などが挙げられる。なお、本書には、成城学園で小学生に美術を教えていた内山嘉吉が、夏休み、上海の兄・完造のもとに滞在中、魯迅から請われて中国の美術学生相手に木版画の基礎を教えた経緯が記されている。

 魯迅の流れを汲むリベラリストは大陸では蒋介石から弾圧を受けていたため、新天地に希望を託す思いで台湾にやって来た人々がいたらしい。黄栄燦も抗日戦争を経て、ジャーナリスト、文化工作担当者という身分で来台。その頃留用されていた日本の文化人とも交流した。

 日本の敗戦を迎え、無為な生活を送る中でも何か文化的な活動をしようと西川満が『文藝台湾』の仲間だった濱田隼雄と相談して制作座という劇団を立ち上げていた。舞台をしつらえた西川の自宅には日本人ばかりでなく中国人も観に集まって来たらしい。その中に黄栄燦もいた。西川、濱田らは話がはずむ中で黄が版画に関心を持っていることを知り、画家の立石鉄臣を紹介した。黄が立石と一緒に池田敏雄の自宅にもよく訪れていたことは池田の「敗戦日記」に見える(『台湾近現代史研究』第四号)。池田は黄のことを「だいぶ進歩的な思想を持つ人のようだ」と記している。池田が編集実務を担っていた『民俗台湾』の発行元、東都書籍は東寧書局と名前を変えていたが、黄は池田の紹介でこれを買収、新創造社を立ち上げる。

 陳藻香論文では濱田の記した黄栄燦の人物像が紹介される。互いに言葉の分からない二人が、歩きながら道に文字を刻んで筆談するシーンが印象的だ。朝早くにやって来て「早々! 早々!」と声をかけるので、彼のことを濱田の子供たちは「チャオチャオさん」と呼んでいたという。ある日、濱田が「あなたのお子さんは?」と尋ねると、黄は言いにくそうに、重慶で生死不明であることを答える。濱田は日本軍による重慶爆撃に思い至る。彼自身、もともと社会主義思想に共鳴していたものの、戦時中は皇民化政策に沿った言論活動を展開、一時は戦犯指名の噂まで流れたこともある。濱田の自責の戸惑いを見て取った黄はニコニコした表情でただちに「これも運命だから仕方ない。それに、戦争では日本人にも多くの犠牲者が出た」という趣旨のことを筆談紙に書いて寄こした。台湾進駐の国民党軍のみすぼらしい姿を見て、日本人には軽侮の念が、台湾人には失望感が広がっていた。そうした中、濱田が黄栄燦の人となりを知って、はじめて日本の敗北を実感したという心理的な機微の移り変わりが興味深い。

 濱田は1946年4月に日本へ引き揚げた。翌年、二・二八事件がおこり、それが外省人に対する本省人の暴動であることを伝え聞いて、「黄君は大丈夫だろうか? 文化人だから標的にはされないだろうが…」と心配している。黄栄燦は本省人の標的にはされなかったものの、戒厳令下、新創造社は閉鎖されてしまう。教職に就いたが、続く国民党による白色テロの中で逮捕され、1952年、処刑された。

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