金子淳一『昭和激流 四元義隆の生涯』
金子淳一『昭和激流 四元義隆の生涯』(新潮社、2009年)
近衛文麿や鈴木貫太郎から細川護熙まで歴代総理と関係を持ち、“総理の指南役”とも呼ばれた四元義隆。東京帝国大学中退後、井上日召に師事、いわゆる血盟団事件では牧野伸顕を狙ったが、果たせないまま逮捕された(なお、“血盟団”というのは警察がつけた呼び名で、四元は嫌がっている)。戦後は田中清玄の後を受けて三幸建設工業社長。著者は四元に私淑した弟子筋の人で、四元に対しては思い入れたっぷりだが、時代背景の認識には特に偏りは見られない。
四元と同様に“総理の指南役”と呼ばれた人物として安岡正篤の名前も思い浮かぶが、血盟団事件は安岡の密告によって失敗したとも言われている。四元は日召と出会う前に安岡の金鶏学院に出入りしていたこともあるが、安岡の東洋哲学なんていうのは所詮“ハサミと糊”に過ぎないと手厳しい。四元は戦後保守政界の要人たちとの付き合いもあったが、田中角栄については金銭亡者と毛嫌いしていた。
以前、『一人一殺──井上日召自伝』(日本週報社、1953年)に目を通したことがある。日召の若き日々の精神的彷徨に、そもそも自分はなぜここに存在するのかという哲学的煩悶の見られるのが印象的だった。大陸浪人、出家、国家主義運動という動き方には、その表面的なキナ臭さとは裏腹に、言語以前の確信を求めようという日召自身のもがきが底流していたようにも思われる。日召にしても、四元にしても、己を滅して見えてくる存在論的な何かの確信、私心のないひたむきな純粋さ、そういったところに人を見る際の判断基準を置いており、主義主張の是非は本質的な問題と考えていない。四元が戦時中に「平泉澄の皇国史観なんて嘘だ、共産党員だって国を思う気持ちは同じだ」と発言したり、宮沢賢治が好きでよく読み聞かせていたというのも肯ける。もちろん、純粋さ志向(右の方々お好みの表現だと“至誠”と言うべきか)が、受け止めようによっては主観主義に落ち込みかねないのは危なっかしいところではあるが。
先日、ドイツ赤軍を描いた映画「バーダー・マインホフ」を取り上げた(→こちら)。ああいう輩は大嫌いだという趣旨のことを書いたので、お前は同じテロリストでも右翼に甘くて左翼に厳しい、と受け止められるかもしれないが、そういう問題ではない。ドイツ赤軍の英雄主義的な自己顕示欲の強さからうかがわれる人間としての浅はかさが鼻についてたまらないということ。獄中での振る舞いなど対照的だ。四元は静かに座禅を組み、勉強し、治安維持法で捕まった同囚の共産主義者とも話をしてその言い分も知った。ドイツ赤軍の受刑者は権利ばかり要求し、主義主張の政治メッセージを書きなぐり、要求が容れられなければ騒いで恫喝していた。彼らの行動に“純粋さ”など感じられない。従って、軽蔑の対象以外の何物でもない。ちなみに、日本赤軍の重信房子の父親が井上日召の門下生だったことはよく知られている。
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