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2009年8月 7日 (金)

阿部博行『石原莞爾──生涯とその時代』

阿部博行『石原莞爾──生涯とその時代』(上下、法政大学出版局、2005年)

 日本の近代思想史を眺めわたしたとき、図式的な理解の範疇に収まらないというか、どのように位置付けたらよいものやら戸惑う不思議な人物が何人かいる。最たるものは北一輝だと思っているが、石原莞爾もまた評価がなかなか難しい。満州事変の張本人、侵略主義者として批判するにせよ、東亜連盟運動に平和思想を見いだすにせよ、あるいは『戦争史大観』で示された戦史家としての卓抜な着眼点を評価するにせよ、日蓮主義に基づく最終戦争論に独特な思想家としての相貌を見いだすにせよ、様々な切り口があり得る。それこそ論者によって十人十色の石原莞爾像が示されてくる。だが、その分、ある種の思い入れの強さから、石原を論ずるというよりも、石原に仮託して論者自身の主義主張を打ち出しているだけなのではないか、そんな疑問を感ずる論考も少なくない。

 本書は、厖大な文献・史料を渉猟して、石原の伝記的事実や何らかの形で彼と接点を持った人々とのエピソードを丹念に集めている。著者自身の解釈は極力抑えられ、石原の年譜を文章におこしたという感じか。玉石混交、類書の多い中、この着実さはやはり信頼の置けるもので、基礎研究というのはやはりこうでなくてはならない。思想史として論じたい場合でも、まずは本書が出発点となるだろう。

 私のような歴史オタクには、人脈的なつながりが色々と見えてくるのが面白い。石原莞爾といえば、ただちに日蓮主義というイメージが浮かぶ。彼が田中智学の国柱会に入ったのとほぼ同じ頃に宮沢賢治も国柱会に入信しているという事実関係を強調したがる人は少ないな。宮沢賢治ファンにはヒューマニストが多いし、ヒューマニストは軍人が嫌いだからか。昭和初期の時代風潮における日蓮主義というのは検討に値するテーマで、国柱会ではないが北一輝や井上日召もそうだし、創価学会や立正佼成会など新興宗教団体もある。なお、石橋湛山も日蓮宗だが、生家がお寺という事情だから、思想史的に結び付けるのは無理があるかもしれない。

 軍人つながりでは、石原は梅津美治郎、阿南惟幾、武藤章を高くかっていたらしい。立場的対立はあっても陸軍をまとめられるのは梅津だけだと考えて、時折相談にのっていたという。そういえば、筒井清忠『昭和十年代の陸軍と政治──軍部大臣現役武官制の虚像と実像』(岩波書店、2007年→こちら)でも梅津の存在感が特筆されていた。武藤を抜擢したのは石原だが、中国政策をめぐり、不拡大方針の石原に対して武藤は積極論を主張して決別。ただし、後にその武藤も、日米開戦を回避しようと努力しながら、結局、下からの突き上げを抑えきれなかったというのも皮肉な巡り合わせである(保阪正康『陸軍省軍務局と日米開戦』中公文庫、1989年→こちら)。

 浅原健三(八幡製鉄所のストライキを指導したことで有名)、橘樸、宮崎正義、十河信二といったあたりは満州人脈で理解できるが、東亜連盟の関係で大河内一男(東京帝国大学・社会政策)、新明正道(東北帝国大学・社会学)、中山伊知郎(東京商科大学・経済学)、細川嘉六(『改造』発表論文がもとで横浜事件がおこる)、木下半治、市川房枝、稲村隆一(農民運動、戦後は社会党代議士)といった名前が出てくるのは面白い。左翼勢力がほぼ壊滅状態にあった1940年代、政府批判の論陣を張っていたのは東亜連盟か中野正剛の東方会くらいだったこと、東亜連盟には大陸における日本の侵略行動を批判するロジックがあったこと、こういった点が指摘できるだろうか。それから、東亜連盟は各民族の政治的独立という主張も掲げていたので、朝鮮人もかなり加盟していた。石原と行動を共にした幹部で曺寧柱という人が頻繁に出てくるし、安宇植「気さくで温厚だった曺寧柱に信頼を置く」(→こちらで読める)によると、他にも朴錫胤、姜永錫といった人たちがいたらしい。この辺りも興味がひかれる。

 それから、いわゆる「首なし事件」(警官による拷問を告発)で正木ひろしを激励し、書簡を交わしていたのは初めて知った。『近きより』を読んでいたということか。

 以上、駄弁でした。

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