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2009年8月24日 (月)

ロナルド・トビ『「鎖国」という外交』、大石学『江戸の外交戦略』

 私が小中学生くらいの頃の歴史教科書には、江戸時代を鎖国で特徴付ける記述が普通だったように思う。長崎の出島や朝鮮通信使は例外扱いされた。しかし、この“例外”という表現が曲者で、当時でも海外との外交ルートはこの時代に独特な形ではあっても確固としてあったというのが現在では通説となっている。具体的には、松前氏を通して蝦夷、対馬の宗氏を通して朝鮮、薩摩の島津氏を通して琉球、長崎の出島ではオランダ東インド会社、唐人屋敷では中国商人、という“四つの口”。これらは“例外”だったのではなく、幕府の外交方針として窓口に指定されていたのである。そこには、中華的華夷秩序から離脱した、“日本型華夷観念”を見出すこともできる。

 ロナルド・トビ『「鎖国」という外交』(全集日本の歴史第9巻、小学館、2008年)は、当時の記録・説話類の分析、とりわけ図像学的な知見をもとに、当時の日本人の対外認識を読み解いていくところが非常に面白い。たとえば、ヒゲの変遷。江戸時代の国内統制政策→ヒゲと総髪をシンボルとした浪人たちを取り締まり→月代・髻・ヒゲなしという日本人の身体的特徴が定着。他方、清では漢人にも辮髪を強制、ヒゲはあり→髪の形とヒゲが“唐人”の特徴として図像的にも認識される。さらに“毛唐人”という表現にもつながる。また、富士山遠望奇譚から対外認識を読み取っていくところも興味深い。

 大石学『江戸の外交戦略』(角川選書、2009年)は、海外との接触をシャットアウトしたのではなく、国家が国民の出入国を管理・制限する体制として“鎖国”を把握。国内・対外関係の両面における安定維持を図っていた点で“国民国家”形成過程にあったと位置づける。こうした観点に基づき秀吉の朝鮮出兵から幕末に至るまでの外交的対応を概観し、“鎖国”体制においても海外の文化を摂取・成熟させていたことを指摘する。

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