有馬哲夫『アレン・ダレス──原爆・天皇制・終戦をめぐる暗闘』
有馬哲夫『アレン・ダレス──原爆・天皇制・終戦をめぐる暗闘』(講談社、2009年)
アイゼンハワー政権で国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレスの弟で、自身もCIA長官となったアレン・ダレス。若い頃のキャリアは国務省から始まっているが、辞職して弁護士法人に入った。第二次世界大戦が始まると、ほとんどボランティア的に戦略情報局(OSS、戦後のCIAの母体)へ参加、金融問題担当大統領特別代表という肩書きでインテリジェンス合戦真っ只中のスイスへ赴任する。本書は、第二次世界大戦におけるインテリジェンス活動をアレン・ダレスの視点から描き出す。学術的なクオリティーを備えた政治裏面史だが、駆け引きのせめぎ合いにはドラマのような緊張感があってなかなか読ませる。
スイスには多彩な人物群像がうごめいていた。OSSと協力関係にあったMI6、ユダヤ人協会、国際決済銀行の人脈、動機も様々な民間人。ユングとも接触し、ナチス指導者の精神分析を聞いたりしている。反ナチスの立場をとるカナリス提督が統括するドイツ国防軍の情報部員とも接触、ヒトラー暗殺未遂事件でこのルートが途絶えると、今度はイタリア北部駐留ドイツ軍の降伏を狙ったサンライズ作戦。カウンター・パートナーである親衛隊幹部ヴォルフはヒトラー、ヒムラーたち相手に綱渡り。日本側とは、岡本清福陸軍中将をはじめとしたスイス駐在武官、公使の加瀬俊一、横浜正金銀行の北村孝治郎・吉村侃といった人脈とパイプを持つ。
ドイツ、日本の敗色が濃くなるにつれて、局面はすでに米ソ間の戦後における勢力争いへと移っていた。アメリカの原爆投下、ソ連の対日参戦はこうした思惑の中で決定されている。アメリカ政府中枢においては、トルーマン大統領をはじめハード・ピース派がソ連に対する軍事的優位を誇示するため日本への原爆投下を急いでいた。対して、ソフト・ピース派のグルー国務次官(元駐日大使)やアレン・ダレスたちは、戦後のソ連に対する牽制のため日本の国力を温存して反共の防波堤にすべきと考えており、原爆投下には反対、日本軍の組織的降伏をスムーズに進めるため天皇制も残すべきと主張していた。ソフト・ピース派はダレスたちのルートを使って日本に対し、無条件降伏とはあくまでも軍事的なものであり、戦後も日本の主権は認める、従って天皇制も維持される、とほのめかすメッセージを送った。しかし、日本からの反応は芳しくない。グルー、ダレスらの努力もむなしく、原爆は投下された。ただし、天皇制存置のメッセージが伝わったからこそ、日本側でポツダム宣言受諾が可能となった。
インテリジェンス活動とは、単に戦略的優位に立つために情報収集するというレベルにとどまらない。戦争状態にある以上、公式見解として言うことはできないが、破滅的な結果を双方とも回避するために様々な裏のメッセージを発する。それを受け止め損ねない、つまり裏のメッセージを正確にキャッチボールできる能力が肝心な局面で不可欠となる。原爆投下はその失敗であったし、ポツダム宣言受諾の決断がなければ日本はさらなる破滅を迎えたかもしれない。
アレン・ダレスの培った対日インテリジェンス人脈は戦後も続く。それは戦後政治を動かす秘かな力となったが、本書とは別のテーマとなる。人脈的に戦中・戦後と連続性があるため、ダレスの戦中の活動については努めて秘匿されてきたらしい。
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