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2009年8月 3日 (月)

「意志の勝利」

「意志の勝利」

 famousというべきか、notoriousというべきか、戦後ながらく封印されていたレニ・リーフェンシュタール幻の代表作「意志の勝利」。1934年にニュルンベルクで開催されたナチス党大会の記録映画である。ドイツでは現在でも上映禁止らしい。現代史をテーマとしたドキュメンタリー番組や歴史書で断片的に見かけることはあっても、全体を通して観たことはなかったので、上映されているのを知って早速観に出かけた。なお、私はナチズム礼讃者でも何でもなく、ただのノンポリです。念のため。

 大空に広がる雲海のただ中、飛行機が徐々に下降して雲を突き抜け、古都ニュルンベルクが見えてくる。随所ではためくハーケンクロイツの党旗、街路ではアリのように小さく見える人々が隊列を組んでいる。着地した飛行機から姿を表わすアドルフ・ヒトラー、歓呼して迎える群衆。ドイツ帝国を俯瞰的に捉え、そこに降り立つ救世主ヒトラーというイメージ、いわば立体的に神話世界を組み立てた構図が冒頭のシークエンスからうかがえる。こうした出だしにレニは強くこだわっていたらしく、ヒトラーから冒頭にこれこれの場面を置いたらどうかと提案があったとき、彼女はそんなの芸術的じゃない、雲海のイメージ以外にあり得ないと頑強に抵抗してヒトラーを不快にさせたらしい(レニ・リーフェンシュタール『回想 20世紀最大のメモワール(上)』椛島則子訳、文春文庫、1995年)。

 光と影の効果をたくみに使ったカメラアングルも良いし、それから素材と舞台だ。なにしろ、民間映画会社ではとてもじゃないが賄いきれないセットを国家予算で用意しているのだから。労働奉仕団の集団パフォーマンス、国防軍・突撃隊・親衛隊の整然たる行進(あの独特なグース・ステップ!)、これほどのマスゲームをやるのはいまどき北朝鮮くらいのものだろう(美的センスには乏しいが)。なお、三ヶ月前におこったレーム粛清(“長いナイフの夜”)で突撃隊幹部が一掃されており、新たに幕僚長となったルッツェが親衛隊のヒムラーと並んでヒトラーに忠誠を誓うこと、これまで突撃隊と対立してきた国防軍が党大会に初めて参加したこと、こうして多元的にいがみ合っていた軍事組織がすべてヒトラーの完全掌握下に入ったことを形式として示すこともこの党大会に期待されていた。

 会場のプランを立てたのは建築家のアルベルト・シュペーア(後の軍需大臣)である。やはり建築に多大な関心を寄せるヒトラーから絶大な信頼を得ていた彼は、レニと同様、第三帝国の演出家となる。彼の演出により夜間の屋外会場でサーチライトが空に立ち上るシーンの写真を見たことがあるが、これもまた実に格好良い(井上章一『夢と魅惑の全体主義』文春新書、2006年)。

 そして、役者。次々とナチスの指導者たちが登壇するが、断然異彩を放つのはやはりヒトラーである。聴衆の拍手がやむのを待って静かな語りかけで始め、絶叫調で盛り上げる演説は、俳優としての素養が十二分にうかがわれる。彼は政治活動の早期から演説の練習に余念がなくて(それを戯画的に捉えた映画が「わが教え子、ヒトラー」である→こちら)、振り付けのパターンを撮った写真を見たことがある(ヘルマン・グラーザー『ヒトラーとナチス』関楠生訳、現代教養文庫、1963年)。他方で、彼の演説を聴いて感動した人が帰宅後に新聞で演説要旨を読んだところ、何でこんなつまらない話に感動したんだろう?と不思議に思ったというエピソードも何かで読んだ覚えがある。ヒトラーは、マスメディアの発達により、理屈による説得ではなく視聴覚的・直感的印象で影響力を及ぼせるようになって初めて登場し得た独裁者だったと言える。

 いずれにせよ、素材は記録映像であっても、一つの美意識に基づいた“神話物語”として再構成されている点で「意志の勝利」は単なるドキュメンタリー映画ではない。たとえば、同時代の日本のニュース映画を観ても、「戦果赫々云々…」とがなり立ててはいるが、比べてみると野暮ったさが際立つ。“事実”を“物語”に作り替え、自分たちがその“神話”の中に組み込まれて戦っているんだと思わせることができなければ、人間の精神は鼓舞されない。集会参加の陶酔感→美意識に基づき映像で再構成→国民すべてを巻き込む集団的儀礼→“神話世界”において祭祀者を演ずるヒトラー→民衆の喝采による権威の承認とナショナルな一体感、これこそ直接民主主義の極致であろう。皮肉な話だが、ルソー『社会契約論』で示された“一般意志”はこの点において実現される。「意志の勝利」の映画としての出来栄えがあまりにも良すぎたからこそプロパガンダ映画として成功してしまったというのも、何とも言い難い逆説である。

 美的意識がナチズム体制を形成する基盤となったことについては田野大輔『魅惑する帝国──政治の美学化とナチズム』(名古屋大学出版会、2007年)に詳しい(→こちら)。ナチスと映画との関わりについては飯田道子『ナチスと映画──ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか』(中公新書、2008年)がナチスの作ったプロパガンダ映画と、戦後の映画におけるナチス・イメージとの両方に目配りしながら概説している。考えてみたら、スポーツ映画に興味がないので「オリンピア」は観ていないし、レニの伝記映画もまだ観ていなかったな。

【データ】
原題:Triumph des Willens
監督:レニ・リーフェンシュタール
ドイツ/1935年/114分
(2009年8月2日、シアターN渋谷にて)

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第2次世界大戦末期のドイツを舞台に、闘志を失ったヒトラーと、彼にスピーチを教えることになったユダヤ人元演劇教授の複雑な関係を描くヒューマンドラマ。監督は『ショコラーデ』のダニー・レヴィ。『善き人のためのソナタ』のウルリッヒ・ミューエが、同胞のためにヒトラーを殺すのか、愛する家族を収容所から救い出すのかという選択に葛藤(かっとう)するユダヤ人教授を演じる。歴史的事実からイマジネーションを膨らませて描かれた作品世界に注目だ。[もっと詳しく] あらためて、ウルリッヒ・ミューエの死が、惜しまれることにな... [続きを読む]

受信: 2009年8月24日 (月) 14時58分

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