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2009年8月29日 (土)

リチャード・J・サミュエルズ『日本防衛の大戦略──富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』

リチャード・J・サミュエルズ(白石隆監訳、中西真雄美訳)『日本防衛の大戦略──富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』(日本経済新聞出版社、2009年)

 大陸戦略か、海洋戦略か。軍事力か、経済力か。アジアか、ヨーロッパか。大国か、小国か──。議論の手始めとして、近代日本の外交方針をめぐる様々な思想潮流が類型的に整理され、局面に応じてこれまで三つのコンセンサスにまとまったことがあると指摘される。第一に、追いつき追い越せ型の明治コンセンサス=富国強兵。第二に、帝国主義のロジックに乗った近衛コンセンサス=「東亜新秩序」。第三に、アメリカとの同盟を戦略的に選び取ることで軽軍備・経済発展を可能にした吉田ドクトリン。近代日本の対外構想をトータルな見取図として提示し、その枠内において現代の日本が直面している外交的課題を位置づける。思想史的に不正確な箇所もあるが、外交方針をめぐる対立図式の分析にあたって理念型を設定したものと割り切って読めばいいだろう。

 戦後日本の安全保障論争では国際環境への顧慮よりも国内的要因の方が大きな作用を示し、とりわけ平和主義の発言力が強かった。しかし、吉田ドクトリンは、この平和主義世論を口実として保守勢力内の自主防衛論を抑制しつつ、冷戦へ巻き込まれるのを避けて経済中心の政策を実質的に進めるという絶妙なバランス感覚を示した(内閣法制局の憲法解釈による抑制や、防衛庁への他省官僚出向という形での文民統制など制度的側面も指摘される)。本書はこうしたところに日本の戦略文化におけるプラグマティックな連続性を見出す。

 日本の外交戦略に底流するプラグマティックな流れを踏まえ、また、日本国内で防衛論議へのタブーが消えつつあり、対米同盟依存がアメリカの世界戦略に巻き込まれかねない危険と中国の台頭という状況を見据え、次に現われるであろう第四のコンセンサスを「ゴルディロックス・コンセンサス」と呼ぶ。それは各方面にリスク・ヘッジしながら、極端にハードでもソフトでもなく、アジアにも欧米にも偏り過ぎない外交戦略だという。一見、新鮮味に欠ける当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、最も賢明であり、かつ高度な駆け引きの求められる路線であろう。なお、ゴルディロックスとは、「三匹の熊」という童話に登場する女の子の名前で、適度な均衡状態のたとえによく使われる。訳書にこの表現について注がないのは不親切だ。

 なお、戦後日本外交のプラグマティックな自主性に着目した議論としては、添谷芳秀『日本の「ミドル・パワー」外交──戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)も良書である。以前、こちらで取り上げた。

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