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2009年8月20日 (木)

8月某日 仙台(松島、「古代カルタゴとローマ」展、慶長遣欧使節団、魯迅「藤野先生」)

(承前)
◇第五日
【キーワード】松島、「古代カルタゴとローマ」展、慶長遣欧使節団、魯迅「藤野先生」

・初めて松島へ行った。地下化された仙石線の始発はあおば通駅、ここから松島海岸駅まで約30分。東北本線と絡まりあっており、松島という駅もあるので、要注意。
・所要時間約40分の湾内遊覧船。ほのかな潮風とディーゼルオイルの混じった匂いが何となく昭和の観光地という旅情をかきたてて、良い。
・松島では牡蠣の養殖など水産物が豊富。土産物屋の並ぶ中の食堂に入る。刺身の盛り合わせ、生牡蠣、生ウニ、ホヤ。魚介類はあまり好きではないのだが、旅先でそういう野暮は言わない。佐渡と庄内ではとにかく動き続けて疲れたので、仙台ではゆっくりするつもり。まだ11時前だがビールを飲む。ガラス戸の脇に座って外を眺め、昭和の観光地らしい雰囲気の中でボーっとしていると、このまったり感が良い。

・午後、仙台駅から仙台市内の観光名所をめぐるループバスを利用。乗り降り自由の一日乗車券600円。観光施設の割引もあり。
・仙台城のふもとに仙台市博物館。ちょうど「チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ」展を開催中、本日最終日。まるで私を待っていてくれたようだ。なお、10月には東京の大丸ミュージアムでも開催されるらしい。
・チュニジアにおけるカルタゴ遺跡、及びポエニ戦争で壊滅後、ローマによって再建された遺跡の両方にまつわる展示。
・学生のとき、名目上ではあったが一応古代オリエント考古学のゼミに所属していたので(他分野に関心が移ったので全く出席しなかったが)、こうした分野は今でも気になる。
・高校世界史レベルの話だが、フェニキア人はもともと地中海東岸のシドンとティルスに拠点を置いて海洋交易で活躍、その言語は地中海世界の共通語の一つとなり、文字はアルファベットのルーツとなった。現在のチュニジアのあたりに新たな拠点として築かれた植民都市がカルタゴ。フェニキア語で“新しい町”という意味らしい。ちなみに、後にハンニバルがイベリア半島を征服して、こちらはカルタゴ・ノヴァと呼ばれた。“ノヴァ”はラテン語で“新しい”という意味だから、つまり“新しい新しい町”ということになるのか。
・遺物や、そこにモチーフとして表現されている神話・伝説→フェニキア文化にエジプト、ギリシア、ローマの要素が絡まりあっているのが見えてきて面白い。遺跡風景の写真を見ていると、行ってみたいなあ、という気持ちにかられる。
・参考文献としては松谷健二『カルタゴ興亡史』(中公文庫)、他にフローベールの小説『サランボー』も思い浮かぶ。まさか東北を旅行してカルタゴに出会うとは思っていなかったので、復習まではさすがに手が回っていなかった。

・常設展示。仙台藩・伊達家にまつわる展示が中心。墓所に納められていた遺骨をもとに復元された伊達政宗の胸像もある。奥羽越列藩同盟の取りまとめ役となり、後に処刑された玉虫左太夫の書簡なども展示。
・林子平はもともと江戸の生まれだが、姉が仙台藩主の側室となった関係で仙台に来た。不遇な部屋住み。寛政三奇人の一人。肖像画を見ると性格きつそう。ロシアへの防備を主張して発禁処分を受けた『海国兵談』の原本・写本なども展示。
・目玉の一つは、支倉常長と慶長遣欧使節団に関する展示だろう。太平洋を渡ってメキシコとの貿易を望む伊達政宗の意向もあり、キリスト教布教という名目で、バチカンにスペインとの仲介をお願いするのが目的。将来品の一つ、ローマで描かれた支倉常長の肖像画は、日本人を描いた最も古い油絵だとされている。帰国時にはキリシタン弾圧が始まっており、支倉は不遇のうちに死去。使節団の案内役となった宣教師ルイス・ソテロは日本へ再潜入したものの捕まって火炙りにされた。帰りがけに慶長遣欧使節展示資料を一冊購入。
・解説ボランティアの名札をかけたおじいさんがいたので、「仙台にも陸軍幼年学校があったらしいですが、どのあたりですか?」と質問。「ええ、ありました、ありました。三神峰(みかみね)というところで、今は桜の名所です。駅からバスで40分くらいかかります。」「碑文のようなものはありますか?」「いや、何もないですよ。あそこは、桜の名所ということと、それから貝塚が見つかってますので、そういうものだけですね。幼年学校の痕跡は何もないですねえ。お役に立てなくて申し訳ないです。それにしても、陸軍幼年学校なんて、あなたよく知ってますねえ。」私がお礼を言って離れてからも、解説ボランティア見習い風のもう一人の女性にこの話題を説明していた。石原莞爾が仙台の陸軍幼年学校にいたので、行けるようであれば足を運ぼうかとも思っていたが、遠い上に何もなさそうなので断念。

・仙台市博物館の裏手に、魯迅、阿部次郎、支倉常長、伊達政宗などに関する記念碑あり。
・坂道を登って、青葉城資料展示館。お城の姿を再現したCGを上映しているが、特に寄るほどのものではない。政宗は徳川家からの疑惑を慮って天守閣を建てなかったことはよく知られている。
・護国神社。8月15日に合わせて戦艦の展示などをしているようだが、素通り。

・ループバスに乗って、仙台駅を過ぎ、晩翠草堂へ。英文学者で旧制二高教授だった土井晩翠の晩年の住まい。もともと住んでいた家は空襲で焼け出され、見かねたかつての教え子たちがここを建てて寄贈、余生を過ごしたという。病没時に横たわっていたベッドも残されている。土井晩翠というと思い出すことふたつ。ひとつ。普通は「どい」と読ませるが、かつては「つちい」と読んでいたこと。ふたつ。仙台に晩翠軒?なる食堂があって、そこに土井晩翠が食事に来ている時に二高の学生が居合わせると、店の主人を呼ぶのにわざと「おい、晩翠!」と声を上げたとかいう話。何で読んだのか忘れた。どうでもいいことだが。
・晩翠草堂から歩いて東北大学キャンパスへ。この近辺はかつて武家屋敷の並んでいた区域らしい。先ほどループバスで通りかかったとき、裁判所脇に原田甲斐屋敷跡という立て札を見かけた。山本周五郎『樅ノ木は残った』(新潮文庫)を読んだのは中学生の頃だったか、初めて読んだ山本作品である。

・東北大学キャンパスから道を挟んだ向かい側にぼろい二階家がある。魯迅の下宿先だった建物である。写真に撮った。それから、キャンパス内、かつて彼の留学していた仙台医学専門学校(現在、東北大学医学部)があった所に魯迅の胸像がある。
・仙台、魯迅とくれば、必然的に思い浮かぶ作品は「藤野先生」。医学専門学校での恩師、藤野厳九郎。右も左も分からぬ一留学生のために、魯迅がとった講義ノートに毎週黙々と赤字添削を続けてくれた思い出。異国から来た魯迅個人のためであると同時に、その彼を通して、これから近代化を進めなければならない新生中国のためという明治人らしい武骨な情熱。日清・日露戦争を経て一等国日本という自意識が裏返って中国人への蔑視感情となって露わになっていた時代。魯迅もいやな思いをしたことはこの「藤野先生」にも記されているが、そうした中だからこそ、不器用な藤野先生の寡黙さが際立つ。
・キャンパス内には二高の教室建物も残されていた。
・近くに阿部次郎記念館というのがあるが、晩翠草堂でもらった仙台文学マップをみると日曜休館となっているので行かない。阿部は東北帝国大学教授だった。

・東北大学近くの古本屋を何軒かひやかしながら仙台駅方向へ歩く。小腹が減ったので、駅構内の鮨屋でつまむ。それから駅前のジュンク堂書店(2店舗ある)をぶらぶら見て回って、土門拳『腕白小僧がいた』(小学館文庫)を購入。
・新幹線で帰る。駅弁売場ではらこ飯弁当。アラでとっただし汁でご飯と鮭の切り身を一緒に炊き込み、そこへイクラをふりかけ、つけ合わせに辛味の味噌。酒のおつまみとしても良い感じで、ワンカップの地酒も買い込んで呑む。ほろ酔い加減で『腕白小僧がいた』をパラパラとめくり、ちょうど読み終わった頃に東京駅着。22:30頃。

・まとめ、と言うほどのことはないが、旅行の理由付けを適当に。
・北一輝は佐渡の生まれ、石原莞爾と大川周明は庄内の生まれ、仙台は魯迅ゆかりの地ということで、北日本に潜むアジア主義の水脈を掘り起こす旅、とでもしましょうか。ついでに言うと、中村屋の相馬黒光は仙台の生まれ。土井晩翠と二高の同僚だったドイツ文学者の登張竹風とが一緒に写っている写真を晩翠草堂で見かけたが、登張は後に旧満洲国・建国大学教授となる。奥羽越列藩同盟の盟主に祭り上げられて仙台に身を寄せた輪王寺宮公現法親王は維新後、北白川宮家を継いで能久親王となり、日清戦争後、下関条約で日本に割譲された台湾への遠征軍司令官となり、台湾で病没、台湾神宮に祀られた。全部こじつけちゃう(笑)
・庄内と仙台は奥羽越列藩同盟つながり。
・佐渡と庄内の酒田は日本海交易ルートの拠点、とりわけ酒田は北前船で有名。仙台(正確には月の浦)からは慶長遣欧使節団が派遣された。そして、仙台市博物館で開催されていた「古代カルタゴとローマ」展。こちらは海洋文明つながり、ということで。

(了)

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