「湖のほとりで」
「湖のほとりで」
湖畔で眠ったように横たわる少女の死顔、湖水や森の木々を背景に浮び上る柔肌の白さは清潔にみずみずしく美しい。
殺人事件として捜査にあたるベテランのサンツィオ警部は容疑者とにらんだ何人かの村人たちをたずねてまわり、話を聞く。犯人探しのサスペンスというよりも、警部を狂言回しとして、他人にはうかがい知れぬそれぞれの家庭の葛藤を垣間見ていくのがストーリーの中心となる。誰が犯人であるかはそもそも問題にはならない。
被害者の恋人は彼女が余命わずかの深刻な病を抱えていたことを知らなかった。被害者の父親は娘に異様な執着を持っており、妻の連れ子である姉のことは全く眼中にない。純真だが知的障害のある男性と、そうした彼をもてあます車椅子の老父。被害者が以前にベビーシッターをしていた家庭、“育てにくい”赤ん坊は被害者にはなついていたが、両親は“事故”(?)で死なせてしまっていた過去も掘り起こされる。それぞれの家庭の葛藤を垣間見ながら、警部自身も若年性アルツハイマーとなった妻のことを考えている。
夫婦の関係、親子の関係、愛情があって当たり前だと他人からは見られても、そうした関係性は必ずしも自明なものとは言えない。何らかの問題を抱えているとき、「どうして自分のところだけ普通じゃないんだ」と鬱屈した思いを抱え込み、他人の眼差しに気付くと「どうせお前には分からない」と一層苛立ちを募らせてしまう。
映画のラスト、警部は娘を連れて病院の妻を訪ねる。娘は言葉をかけたが、妻は彼女が誰なのか分からないような戸惑った表情を示す。それでも警部は、「見ろよ、微笑んだじゃないか」と娘に言う。ある種の“錯覚”も、それによって相手を赦し、受け入れることができるなら必要な手段ということか。
全体的に淡々と落ち着いた映像構成。そこにかぶさるミニマリズム的な音楽には過剰な感傷を抑えた情感があって私は好きだな。
【データ】
原題:La Ragazza del Lago
監督:アンドレア・モライヨーリ
イタリア/95分/2007年
(2009年7月24日、テアトル銀座にて)
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