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2009年7月 6日 (月)

教育社会学絡みの本でメモ

 教育も含めて社会システムの問題を考えるとき、“自己決定”“自己責任”というロジックがどこまで信憑性をもって通用するのか?という根本的なアポリアにぶつからざるを得ない。“自己決定”論そのものは正論であって否定はできない。ただし、その条件整備はどうなのか。

 かつての身分制社会とは異なり、現代社会はメリトクラシー(業績主義による選抜システム)に基づいて組み立てられている。つまり、機会の均等が前提である(仮にそれがフィクションに過ぎないとしても、そのフィクションが社会全般に共有されていなければシステムとしての正当性、“公平”さが確保できない)。学歴と職業的達成とに結びつきが見られるが、社会階層と学歴とに相関関係があること(学歴の親子間継承)が指摘されている(苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ──学歴主義と平等神話の戦後史』[中公新書、1995年]、佐藤俊樹『不平等社会日本』[中公新書、2000年]など)。つまり、義務教育以前の家庭的・環境的要因によってスタートラインが異なる→ところが、受験競争(=機会の均等)というフィルタリング→スタートラインにおける格差が覆い隠されてきた。また、学習に向けた意欲そのものにも家庭環境によって格差がある(意欲格差=インセンティブ・ディバイド)→“機会の均等”には“努力”の均等分布が大前提となるが、この仮定自体にも疑問符がつけられてしまう(苅谷剛彦『階層化日本と教育危機──不平等再生産から意欲格差社会へ』[有信堂、2001年]、山田昌弘『希望格差社会──「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』[筑摩書房、2004年]など)。苅谷剛彦『教育と平等──大衆教育社会はいかに生成したか』(中公新書、2009年)によると、戦後日本社会における義務教育制度整備の努力→均質的な教育空間の創出→教育の画一化・国家統制など様々な批判があるのは確かだが、同時に少なくとも環境要因による悪条件是正・格差縮小に貢献してきたと評価することもできる。しかし、財政縮小→そうした努力を裏付けた財政的再配分政策の維持困難→義務教育以前の家庭的・環境的要因による格差が露わになる可能性がある。

 苅谷剛彦『学力と階層──教育の綻びをどう修正するか』(朝日新聞出版、2008年)を読んで関心を持った点を箇条書きすると、
・①受験勉強→一元的評価基準→分かりやすい→努力目標として成立。対して、②「生きる力」論→目標・評価基準が曖昧→多様と言えば聞こえは良いが、実際には学校以外の家庭的・環境的要因で左右されやすくなる。“ガリ勉”の否定→その生徒の家庭環境によっては勉強を怠ける口実→格差拡大
・アンソニー・ギデンズの指摘した社会的再帰性・セルフモニタリングという指摘との関わりで(以前に取り上げたアンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?──モダニティの帰結』を参照→こちら)、実証研究として提示された“事実”→その“事実”もまた次なる政策形成に取り込まれて次の展開へ→実証研究といえども必ずしも価値自由ではあり得ない。
・社会的再帰性→人的資本概念の変容:人的資本はストックとみなされなくなった→知識の陳腐化のスピード→個人の側でセルフモニタリングによって常に新しい状況に適合する形で人的資本の中身も絶えず変わっていく(知識経済)→学習し続けることの強制→“学習意欲”の階層差が浮き彫りにされる。
・自己実現アノミーの問題

 苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ──学歴主義と平等神話の戦後史』では、イギリスの階級社会(D・H・ロレンス→奨学金少年の悲劇、つまり低階層出身者は頑張って勉強して這い上がってもライフスタイルの面で上流社会に溶け込めず疎外感を味わう)、アメリカの多民族社会(黒人・ヒスパニックなど)に対して日本の学歴社会を考察。受験競争に基づく学歴エリート→受験知識は社会的にそれほど高い価値を置かれていない(頭でっかちで実力とは違うじゃないかという批判的言説が普通に見られる)→あくまでも一般大衆社会の延長線上にいる器用な成功者と受け止められる。エリートならざるエリート。ノブレス・オブリージュの感覚はないが、見方を変えれば平等主義的心性を内面化したエリートとも言える→能力主義と平等主義との日本的な絡まりあい(ここを“面の平等化”という論点で義務教育制度について議論を進めるのが苅谷『教育と平等』)。身分的秩序ではないので社会統合しやすい。

 昨今の“格差”論バブルの中、学歴=メリトクラシーという点を明確にした上で感情論を排した議論を進めようとするのが吉川徹『学歴分断社会』(ちくま新書、2009年)。従来の社会階層研究では職業を固定的に把握(たとえば、佐藤俊樹『不平等社会日本』)→高度成長期を対象とするには適した分析だが、雇用の流動性が高まっている現在では通用しないという。従来の社会階層研究の注目点であった職業や経済力の親子間継承ではなく、学歴の親子間継承という論点なら社会格差について一貫した説明ができると問題提起→学歴分断線を指摘する。インセンティブとなる将来の見通しに学歴分断という壁が立ちはだかるという議論を示し、その中に苅谷『階層化日本と教育危機』や山田『希望格差社会』で指摘された論点も取り込まれる。

 増田ユリヤ『新しい「教育格差」』(講談社現代新書、2009年)は、タイトルに“格差”とはあるが、内容的には教育現場の具体的な問題の紹介に重きを置き、実例を通して問いを投げかける。

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