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2009年7月31日 (金)

アンソニー・ギデンズ『親密性の変容──近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』

アンソニー・ギデンズ(松尾精文・松川昭子訳)『親密性の変容──近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム』(而立書房、1995年)

・「モダニティは、自然的世界の社会化──人間の活動の外在的媒介変数である構造や事象に代わって、社会的に構成された過程や作用が重きをなしていくこと──と関係している。たんに社会生活そのものだけでなく、かつては「自然現象」であったものをも社会的に構成されたシステムが支配するようになってきたのである。生殖はかつては自然現象のひとつであり、したがって、異性愛活動は、必然的に生殖の中心的行為であった」→しかし、避妊法・生殖技術→生殖の社会化→セクシュアリティは完全に自立(かつては、妊娠、出産時の死亡等の恐怖があった→性的快楽を解放)→「セクシュアリティが社会関係の「不可欠な」構成要素となったため、異性愛は、他のすべてのことがらを判断するための基準ではもはやなくなった」→自由に塑形できるセクシュアリティ
・「モダニティは、物理的社会的過程の理性にもとづく理解が、神秘主義やドグマによる恣意的支配に当然とって代わっていくという意味で、理性の優位性と不可分な関係にある。理性には感情の入り込む余地が存在せず、感情は、たんに理性の領域の外側に位置するにすぎない。しかし、現実には、感情的生活は、日々の変わりゆく活動条件のなかで新たに秩序づけられていったのである。」
・ロマンティック・ラブという観念の浸透→夫婦関係に特別な意味を付与→しかし、男性性・女性性という既成の差異によって特徴付けられた一体感
・ポスト伝統社会→自分で自分自身のライフスタイルや自己アイデンティティ(自己にまつわる過去・現在・未来を連続的に統合する叙述)を絶えず書き換え続けなければならない→再帰的自己自覚的達成課題としてのアイデンティティ
・嗜癖(addictionか?)はそれが達成できない自己不信感への防衛反応として理解できる。アイデンティティ形成で他者依存→ex.セックス依存症、共依存など
・選択の自由→「自己との対話」→否定的なアイデンティティを書き直すきっかけ
・「信頼とは、相手の人間を信用するだけでなく、相互のきずなが、将来生じうる精神的打撃に耐えうる力をもつ点を信用していくこと」「相手を信頼することはまた、相手の真に誠実に振舞うことができる能力に、一か八か賭けること」「二人がいろいろな問題で一緒になって育んでいく共有の歴史は、必然的に他の人たちを締め出し、他の人たちは、一般化された「外部世界」の一部となっていく。排他性は信頼を保証するものではないが、それにもかかわらず、排他性は、信頼感を触発する重要な要素」
・「経験の隔離」→「社会的活動を超越的なものや自然現象、生殖と結び付けてきた道徳的・倫理的特徴の消失」→日々の型にはまった行いからもたらされる安心感が崩される(その代用的行動が嗜癖など)→精神的・心理的に傷つきやすくなった→「自己が価値のない存在で、自分の人生が空虚で、自分の身体が無力な、不適格な装置であるという思い」は「モダニティの内的準拠システムの拡がりの結果として生じている」→性的活動、「ロマンスの探究」などは、空虚感に由来する達成感の探究として理解できる

※避妊の普及・生殖技術の進歩(=「経験の隔離」)→生殖と、そこに結び付いていた性愛にまつわる感情とが分離→性愛にまつわる言説が、所与の自然的条件としてではなく、社会関係のロジックに組み込まれる→ところで、性愛は身体・感情の両面において自己アイデンティティと関わる→アイデンティティ形成のあり方が社会的な再帰性に左右される、大雑把に言ってこんな感じに理解していいのだろうか。

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