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2009年6月17日 (水)

河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス──治安の法社会学』

河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス──治安の法社会学』(岩波書店、2004年)

 日本の犯罪は果たして増加・凶悪化しているのだろうか? 本書はまず議論の前提作業として統計数字のカラクリを読み解き(たとえば検挙率にしても、分母である認知数を拾い上げる基準が変わると数字も大きく変動する)、マクロレベルでは日本の治安は悪化していないことを示す。

 それでは、なぜ日本の治安は悪化しているという印象論が語られるのか? 日本の社会構造の変化により、犯罪の起こり得る空間(たとえば、繁華街)と従来ならば安心して暮らすことのできた空間(たとえば、住宅街)との境界線が不明瞭になりつつため、一般の人々も体感治安の悪化を感じるようになったのだという。犯罪を許容する空間と許容しない空間とが並立した伝統的なあり方を著者は“ハレ”と“ケ”の二分法にたとえる。“ハレ”としての裏社会には裏社会なりに自己完結したシステムがあり、“ケ”の世界から排除された前科者を受け入れ、総体として両者は共存していたと指摘される。治安に関わる事件や人々の動きは“ケ”の世界から隠されることで成立してきたのが従来のあり方で、それを著者は“安全神話の構造”と呼ぶ。このシステムはインフォーマルで濃密な対面的人間関係によって維持されてきたが、対人関係のあり方が変容した現在、維持しきれなくなっているところに問題点を見出す。

 治安の問題を政策対応という次元で考えるのではなく、統計上の治安と体感治安とのズレ、法規定と実際の制度運用とのズレ、そうしたあわいから日本社会の変容を見出していく視点に色々な示唆が感じられて実に興味深い。

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