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2009年6月24日 (水)

吉村慎太郎『イラン・イスラーム体制とは何か』

吉村慎太郎『イラン・イスラーム体制とは何か』(書肆心水、2005年)

 “原理主義”“宗教復興”といった観点から捉えられがちなイラン現代政治だが、本書は、イスラーム法学者による統治=“ヴェラーヤテ・ファギー体制”内においても多様な勢力の思惑が交錯しながら展開されてきた政治動向を分析する。以下、メモ書き。

 イラン近現代史における伝統派と近代派とのせめぎ合いは、カージャール朝の時の立憲革命(1906~1911年)以来続いていた。パフレヴィー朝はアメリカからのテコ入れを受けながら“上からの近代化”を推進、農地改革によって自作農創出→政権基盤化を目指したが、かえって彼らの生活は困窮してしまった。急速な近代化に対する伝統派からの反発ばかりでなく、他ならぬ近代化によって生み出された中間階層までも離反。伝統派と近代派の両方から遊離したシャー体制は構造的に脆弱な体質をはらむ。シャー体制の強権的な政治手法への不満は伝統派から左翼まで広範にわたったが、シャー体制側と反体制運動側とのパワーバランスが逆転→革命→こうした動きをまとめ上げる大衆動員のシンボルとなったのがホメイニである。

 パフレヴィー朝は崩壊したが、革命後の政治ヴィジョンが明確だったわけではない。革命裁判所・革命委員会・革命防衛隊など組織的な中央集権化を逸早く成し遂げたホメイニ派がイスラーム化を推進、王党派残存勢力の排除ばかりでなく革命勢力内反ホメイニ派の粛清も同時並行して行なわれ、“ヴェラーヤテ・ファギー体制”が確立された。

 イラン・イラク戦争(1980~1988年)における経済政策をめぐって保守派と急進派との対立が先鋭化する。保守派はシャリーアを価値規範とし、私有財産の不可侵→自由な経済活動を主張、戦争及び経済統制によって支持基盤のバザール商人層が圧迫を受けていたため、戦争の長期化には消極的。ハメネイ(当時大統領、現最高指導者)が代表格。対して急進派は、被抑圧者の救済や社会的公平の実現を目指して経済の国家統制を主張。戦争継続を訴えていた点では強硬だが、他方で保守派とは異なり文化的次元では寛容な態度をとる。当時の首相で今回の大統領選挙では改革派から立候補したムサビもこのグループにいた。保守派と急進派との中間には原理原則よりも経済優先の現実派が位置し、ラフサンジャニ(当時国会議長、後に大統領)が代表格。戦争の長期化、芳しくない戦況、経済的低迷により国民の間には厭戦気分が広がっており、保守派と現実派とが手を組んでホメイニに働きかけ、急進派を押し切って停戦に持ち込んだ。

 1989年にはホメイニが死去。ホメイニにはサルマン・ラシュディ事件などもあって頑固そうなイメージがあるが、国内政治においてはむしろ柔軟な判断力を持っていたらしい。ホメイニの立場性さえ尊重していれば体制内において多元性を容認する指導力を発揮。ホメイニをバランサーとする形で保守派・現実派・急進派は共存していた。それは、宗教指導者であると同時に革命指導者でもあるというホメイニの二重にシンボリックな存在感に由来するシステムだったと言えるが、彼の死去により、この“ヴェラーヤテ・ファギー体制”は大きく変質、党派性による権力闘争が濃厚になってくる。

 ポスト・ホメイニ体制は、保守派(ハメネイ最高指導者)と現実派(ラフサンジャニ大統領)が同盟を組んで急進派を排除する形で成立した。しかし、社会経済的状況の悪化、また対外関係を徐々に改善→西側文化の流入→保守派から“文化侵略”という非難が沸き起こる(文化イスラーム指導相だったハタミが非難の矢面に立たされ、辞任)→保守派と現実派の同盟に亀裂が入る。

 1997年、ハタミが大統領に当選。イランの人口構成上多数を占める青年層がハタミ支持に回った結果である。ハタミ支持勢力は改革派と言われるが、反保守派同盟として現実派・急進派を含み、主張には大きな幅があった。保守派が西欧に対する強硬姿勢を強めたため、反保守派の立場から急進派はむしろ文化的寛容という点に重きを置いてハタミ支持に回った。しかしながら、イラン政界における保守派の存在感は大きく、ハタミもフリーハンドで政治運営ができるわけではなかった。かつての支持層に不満・幻滅が目立つようになる。2005年の大統領選挙では、決選投票で現実派の元大統領ラフサンジャニ対保守派のアフマディネジャドという構図→有権者にはラフサンジャニの金権体質への拒否感があったため、青年層・貧困層の票はアフマディネジャドに流れた。

 イラン現代政治を彩る人物それぞれの軌跡が見えてくるので、今回の大統領選挙をめぐる混乱の背景を知る上で本書は有益だ。過去の大統領選挙をみると、改革派のハタミ、保守強硬派のアフマディネジャド、いずれも本命候補を破ったサプライズ。イランには選挙によって政権交代を実現できるだけの社会的資質が本来備わっていたと言えるが、それだけに今回の不正選挙疑惑、そして国民的反発が際立つ。

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