田中英光のこと
田中英光といっても太宰治の後追い自殺をした人という程度にしか私は知らなかったのだが、川村湊『〈酔いどれ船〉の青春──もう一つの戦中・戦後』(講談社、1986年)を読み、どんな人なのかと気になって、田中のデビュー作『オリンポスの果実』(新潮社、1967年改版)に目を通した。
早大在学中、オリンピックのボート選手としてサンフランシスコへ行く船上で出会った陸上選手の秋子という女学生、彼女への想いをひたすらつづっていく。一方的な片想いを小説作品に昇華させていくものとしては中河与一『天の夕顔』も思い浮かべるが、そのあり得ないまでにストイックな清潔感とは違って、『オリンポスの果実』には私小説的に生々しい鬱屈がある。田中という人のグダグダした女々しさは何となく師匠の太宰にも似ているが、時には小狡さすら感じさせる太宰の屈折ともまた違って、田中のもっと純情一本やりなところは憎めない。
田中は大学卒業後、横浜ゴムに入社。京城支店に勤務するかたわら、『オリンポスの果実』で認められた新進文士として当時の朝鮮文壇の名士たちと交流する。戦時下、朝鮮文学報国会や大東亜文学者会議などに駆り出された体験を材料として想像を膨らませた作品が『酔いどれ船』(『田中英光全集2』芳賀書店、1965年、所収)である。
ちょっと不思議な小説だ。朝鮮総督府の御用団体が裏にはらんでいる汚さや、朝鮮の人々の屈折した反感、それらを横目で眺めつつ、主人公・坂本享吉=田中は「自分の存在を証明してくれるのは、ただ自分の胃袋と生殖器だけのような気がした」「(流されるまま、流されよう)そのズルズルベッタリの自分の醜さを忘れるためにこそ、酒でも飲まねばやり切れぬ」と捨て鉢な気分で日々をやり過ごしている。朝鮮文壇の実力者である京城帝国大学教授は総督府や軍部とつながりを持ち、表では忠君愛国を絶叫しながらも裏では変態性欲の持ち主という格好の悪役。日本人の転向左翼、親日派に転向した朝鮮人文士、そして日本人に媚を売っているように見えて得体の知れぬ振る舞いの女流詩人・慮天心。陰謀が飛び交い、有象無象の織り成すドタバタ劇。汚辱と正義の絡まり合った倒錯した世界=“酔いどれ船”、その中で翻弄されるだらしないボクって一体何なの?という感じの構図と言えるだろうか。アングラな歓楽街をさまよい歩き、正攻法とは違った視点で1940年代のソウルを描き出しているので、それなりに面白い。
当時の朝鮮文壇の顔ぶれが色々と出てくるのも読みどころだ(ただし、半ば以上脚色されているので注意が必要。たとえば前述の悪徳帝大教授にもモデルはいるようだが、実際とはだいぶ異なる)。大東亜文学者会議ご一行様歓迎会のシーンでは周作人やニコライ・バイコフなども登場する。そうした点でこの『酔いどれ船』は(明らかにフィクションではあるが)田中の視点を通して戦時下朝鮮文壇の空気を描き込んだ側面を持っている。川村湊『〈酔いどれ船〉の青春──もう一つの戦中・戦後』はこの作品を手掛かりに当時の朝鮮の文学的・社会的状況を検討した先駆的な労作である。
露悪的なそぶりを見せつつその下に息づく田中の純情には、自分はだらしない人間だという誠実な自覚があるからこそ、表面的なものにはとらわれない、従って政治的なロジックとは異なった次元から人間を見つめようという視点がある。だからこそ、抗日の筋を通す民族主義者に対しても、李光洙など親日派=民族の裏切り者となった転向文士に対しても、その人がその人なりの葛藤を抱えているのが理解できれば、良い奴はやはり良い奴だと素直に認める。同時に、『オリンポスの果実』にも典型的に見られるように田中には主観的な片想いも目立つ。『酔いどれ船』は坂本=田中が慮天心に寄せる片想いの物語でもある。それは単に田中個人の問題というばかりでなく、川村も指摘しているように近代日本の朝鮮認識、アジア認識と重ね合わせて考えてみる必要も感じさせる。
『田中英光全集2』にはソウル滞在期に関わる作品が集められている。「愛と青春と生活」はぐうたらサラリーマン生活、結婚生活にまつわる自伝的作品だが、生活の舞台としてソウルの街並もスケッチされているのが興味深い。「朝鮮の作家」という短文では香山光郎こと李光洙や兪鎮午との交流についても記されている。李光洙についてはこちらで触れた。
兪鎮午の本職は法学者だが、当時気鋭の作家として知られ、本書の巻末に「朝鮮文学通信」という流暢な日本語で書かれた文章が資料として収録されている。彼は京城帝国大学を首席で卒業した秀才で、母校の助手に採用されたが、戦後も指導的知識人として活躍、大韓民国憲法を起草した。さらに朴正熙政権下で野党有力指導者として重きをなしたことは木村幹『民主化の韓国政治──朴正熙と野党政治家たち 1961~1979』(名古屋大学出版会、2008年)で知った。
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