「夏時間の庭」
「夏時間の庭」
冒頭、広い庭の森や草はらで子供たちが楽しげに駆け回っている。静かな光の映える緑はまるでコローの風景画から抜け出してきたかのように穏やかに美しい。長年お手伝いとして働いてきたエロイーズは「池の方へ行ったのかい? あっちは危ないから行っちゃいけないって言ったのにねえ」とこぼす。
コロー、ドガ、ルドン…。数々の芸術品が無造作に置かれた家。芸術家であった大叔父の遺したこの家を守ってきた母エレーヌは、息子・娘たちに遺産相続の話を切り出す。それぞれ自分自身の生きていく場所を見つけている彼らの表情は複雑だ。母が娘に語る、「あなたは歴史を背負ったものが好きじゃなかったものねえ」という言葉が耳に残る。やがて、母は逝く。
実際に美術館から現物を借り出して撮影したらしい。思い出に何か持って行きなさいと言われたエロイーズ、「高価なものだと悪いから一番平凡なのをもらってきたわ」と語るのだが、その花瓶も著名な作品だったというのが微笑ましい。愛着とは、一人ひとりの時間の積み重ねを通して生まれてくる感情である。それは世評や金銭換算とは次元が異なる。美術館に鎮座した飾り机のさびしげなたたずまいが、エロイーズがいつもやるように自然に花を生けた花瓶と対照的に際立つ。
時間の積み重ねには、自分たちの知らなかった過去もいっしょくたに混じりあっている。たとえば、エレーヌと大叔父との秘められた関係。家が売却される直前、非行に走ったように思われていた孫娘がボーイフレンドの手を取って池の方へと駆けていく。そこで祖母エレーヌから聞いた話を語る。場所に結び付いた祖母のかけがえのない思い出、そこに孫娘も自身の想いを重ね合わせる。時間は途切れずに続いていく。
【データ】
原題:L’heure d’été
監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス
出演:ジュリエット・ビノシュ、シャルル・ベルリング、ジェレミー・レニエ
2008年/フランス/102分
(2009年5月22日、銀座テアトルシネマにて)
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 【映画】「新解釈・三国志」(2020.12.16)
- 【映画】「夕霧花園」(2019.12.24)
- 【映画】「ナチス第三の男」(2019.01.31)
- 【映画】「リバーズ・エッジ」(2018.02.20)
- 【映画】「花咲くころ」(2018.02.15)
コメント