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2009年5月 3日 (日)

五十嵐真子・三尾裕子編『戦後台湾における〈日本〉──植民地経験の連続・変貌・利用』

五十嵐真子・三尾裕子編『戦後台湾における〈日本〉──植民地経験の連続・変貌・利用』(風響社、2006年)

 以前、台北の二二八紀念館を訪れたとき、ガイドをしてくださった日本語世代の老人から日本への親しみを語られて、どのように受け止めたらいいのか戸惑ってしまったことがある。否定するのも肯定するのも、どちらも不自然だというもどかしさを感じた。

 本書は台湾における日本認識をテーマとした日台国際ワークショップの研究成果をまとめた論文集。日本統治期世代の高齢者へのインタビューを踏まえた歴史学もしくは文化人類学の論考が中心。日本語世代の台湾人の親日感情の背景としては、日本人教師や警官が概ね公正であったこと、戦後の国民党政権があまりにもひどかったため、そのイメージ的反転として日本統治期への郷愁が強まったことなども考えられるが、本書を読むと、そう簡単には一般化できない様々な事情が絡まりあっていることがうかがえる。

 植民地統治において日本人絶対優位の階層構造。その中で、台湾人に対する偏見に対抗しながら社会的ステータスの上昇を目指して日本的なものを受容したケースが目立つ。たとえば、高等女学校で身に着けた礼儀作法。あるいは、志願兵(実際には必ずしも自発的ではなかったようだ)→選ばれた台湾人は優秀だが、徴兵された日本人にはバカも多い→横並びの軍隊生活の中で理想化された“日本人”イメージとは異なることに気付いたというケースが興味深い。また、原住民や客家→共通語として日本語を用いただけでなく、福佬系からの差別→反転して日本的なものへ積極的にコミットする傾向もあったらしい。同じ日本語を話すにしても、高学歴者は日本語のレベルで公学校(台湾人向け小学校)出身者とは違うという自覚→ステータスの差異化という指摘もあった。朝鮮半島出身者は日本語を話したがらない→日本>台湾>朝鮮半島という序列化意識を持つケースもあったらしい。日本語を媒介して近代文明を受容→最新技術の吸収手段。また、文化的教養、とりわけ自己表現手段として日本語を用いるケースもあった。

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