張季琳『台湾における下村湖人──文教官僚から作家へ』
張季琳『台湾における下村湖人──文教官僚から作家へ』(東方書店、2009年)
『次郎物語』は小さい頃に読んだ覚えがあるが、内容については漠然とした雰囲気しか思い浮かばない。下村湖人のリベラルな理想主義というのも、言われてみてそうだったかなと思い出したくらいだし、彼が台中一中や台北高校の校長を務めていたことなど初めて知った。
台中一中の台湾人生徒によるストライキは湖人にとって一つのトラウマとなっているようだ。台中一中はもともと台湾人有志の寄付でつくられたのが始まりなので台湾人生徒の割合が多かったが、公立に移管されてからも“一中”の名前は守り続けた。ストライキの原因は日本人職員の不正への不満であったが、下村校長は断固たる態度を取って、多くの台湾人生徒が退学させられた。総督府から譲歩するなという指示があったのだとしたら彼は文教官僚として板ばさみになったわけだが、その点の検証は今後の研究に待たねばならないようだ。湖人は必ずしも差別主義者だったわけではなく、家族には差別的な言動をしないよう気をつけろと常々注意していたらしい。しかし、主観的にはリベラルな良心派であっても、文化的感性の異なる人々を相手とする植民地体制下ではなかなか思い通りにはいかない。
日本に帰ってから湖人は台湾についてほとんど書き残していないという。ただ、『次郎物語』の後半部、学校騒動の場面がある。そこに描かれた校長の姿には、他ならぬ台湾時代の湖人自身が戯画的に重ね合わされているのではないかという指摘が本書のポイントである。日本の敗戦直後、湖人は私信で「台湾人に心からわびたいような気がしてならない」と記している。植民地支配者としての日本人も一律のイメージでくくってしまうことはできない。人それぞれに複雑な機微を抱えていたわけで、そうしたあたりを見つめた研究として興味深く読んだ。
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