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2009年5月17日 (日)

夏目漱石『私の個人主義』、他

夏目漱石『私の個人主義』(講談社学術文庫、1978年)

 “外発的開化”と“自己本位”──近代思想史というコンテクストで夏目漱石を取り上げる場合には必ず引き合いに出されるキーワードである。西洋との関係における日本と、その日本における個人一人ひとりと、この両方の次元で相通ずるテーマと言えようか。

 いわゆる翻訳学問について、漱石はたとえば当時の日本でも流行していたベルグソンやオイケンを引き合いに出し、「私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んで貰って、彼からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似を指すのです」と言う。西洋人が良いと言うことと、日本人自身が読んで腑に落ちるかどうかとは必ずしも直結するとは限らない。そこにはズレがあるかもしれない。その矛盾が仮に埋められないものだとしても、それではなぜ感じ方にズレがあるのか、その説明はできるはずだと漱石は言う。こうした彼の態度が現在で言う比較文化論の萌芽である。

 ロンドンに留学した漱石が神経衰弱に悩んだことは有名である。もちろん彼自身の気質的な問題もあろうが、それ以上に、西洋的なものの感じ方に自分自身をはめ込もうとする不自然さに彼自身が対処できなかったところに原因があった。その葛藤に呻吟する中から漱石は“自己本位”の四文字に安心立命を得たと語る。ここで、“外発的開化”と“自己本位”とが結び付く。漱石はこのテーマについて考え続けることを自分の終生の仕事だと割り切った。自己本位であろうとしても実際にはそれが難しいという矛盾、しかし、そうした矛盾が厳然としてあることをはっきりと自覚化して見つめようとする視点を持つことが、より高い次元で“自己本位”を保障できる──という言い方で果たして分かってもらえるだろうか。漱石は続けて語る。「ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事ができるのでしょう。」 迷いつつ、もがきつつ、その混迷の中から何かをつかみ得た人ならではの発言である。

 漱石の言う“自己本位”は、その後の煩悶青年たちのうわっつらに流れやすい“自我の主張”とはだいぶ異なる。“自我の主張”は、実は借り物の議論を使ってもできるし、むしろその自己欺瞞に気づかないケースが多い。そこの相違を明快に言語化する能力が今の私にはないので何とももどかしい限りだが。ただし、漱石はそのような青年たちに対しても同情的ではある(たとえば、「思い出す事など」79ページ)。

 『硝子戸の中』(岩波文庫、改版1990年)や『思い出す事など 他七篇』(岩波文庫、1986年)にもざっと目を通した。身辺雑記的なエッセーである。微妙な心理の揺れ動きを文章化する漱石の筆致は現在の私が読んでも違和感なく馴染む。時代背景はこうだから云々といちいち“翻訳”する必要を全く感じないで、同時代の人が書いたもののようにごく自然に。日本近代文学の父、なんて大仰な言い方はイヤだが、久しぶりに読むと素直に実感。

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