« 「国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア リアリズムから印象主義へ」 | トップページ | 『ジョン・ケージ著作選』 »

2009年5月17日 (日)

「おと な り」

「おと な り」

 七緒(麻生久美子)は花屋でバイトしながらフラワーアレンジメントの勉強をしようとフランス留学の準備をしている。聡(岡田准一)は人気モデルの写真集を出して認められた若手カメラマン。カナダへ行って風景写真を撮りたいと考えているが、所属事務所との折り合いがつかない。同じアパートで隣室同士の二人、共に三十歳、人生の岐路に立っている。

 コーヒー豆を挽く音、カギ束をジャラジャラさせる音、フランス語をレッスンする声、くしゃみ、時折聞こえてくる鼻歌──。様々な音、帰宅時にドアを閉める音からもその人の感情の動きがうかがえる。

 そもそも相手を知るとはどういうことなのか。言葉を交わしたからといって十全な理解ができるわけではないし、むしろ誤解を深めるだけというケースも往々にしてある。その人のあり方について、たとえば言葉を、つくったものを、姿かたちを、あるいは音を手掛かりにしてフィーリングとして受け止めていく。手掛かりは色々とあり得る。日常生活の中で立てる一つ一つの音にも個性がにじみ出る。表情がある。音を通してしか相手を知らなくてもほのかに恋心を抱くことだってあり得る(というのがこの映画の設定。映画中での基調音がどうたらこうたらという講釈がラストの伏線になっている)。

 現実には隣室の音が漏れてきたら不愉快だろうという突っ込みはさておくにしても、ストーリーの青くささが鼻につくところはある。それでも、日常生活の音を通して互いが何者なのかわからない二人がひかれ合うという着想がおもしろいので私は好意的だ。

 舞台となっているアパートの古びた風格が目を引く。部屋の中のディテールを映し出すカメラ・アングルが私は好きだし、七緒が留学前日、からっぽになった部屋でたたずむシーンがとりわけ印象的だ。室内の情感が映像によく表われているからこそ、音というモチーフが活きている。

 岡田准一のカメラマン役も様になっているが、何よりも麻生久美子の抑えた表情の動きが実に良い(正直に言うと、麻生久美子ファンだから観に行ったわけだが)。

【データ】
監督:熊澤尚人
脚本:まなべゆきこ
出演:麻生久美子、岡田准一、谷村美月、池内博之、市川実日子、とよた真帆、平田満、森本レオ、他
2009年/119分
(2009年5月17日、恵比寿ガーデンシネマにて)

|

« 「国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア リアリズムから印象主義へ」 | トップページ | 『ジョン・ケージ著作選』 »

映画」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「おと な り」:

» 「おと・な・り 」こんな偶然あり得ないけど、なんだか幸せ [soramove]
「おと・な・り 」★★★☆ 岡田准一 、麻生久美子 主演 熊澤尚人 監督、2008年、119分 「カメラマンの聡(岡田准一)の隣の部屋には 花屋のバイトをしながら、 フランス留学を控えた七緒(麻生久美子)が お互い隣の気配を何気なく気にしながら暮らしてる」 自分の隣に住む人がどんな人か 都会生活では、まったく分からないことが多い、 却ってあまり親しくしない方向で それとなく出る時間をずらしたり そんな微妙な空気をお互い詠みながら 「煩わしい」ことから避... [続きを読む]

受信: 2009年5月30日 (土) 21時56分

« 「国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア リアリズムから印象主義へ」 | トップページ | 『ジョン・ケージ著作選』 »