西川美和『ゆれる』『きのうの神さま』、他
西川美和監督「ゆれる」(2006年)はなかなか印象深い映画だった。自分の思うままに生きる弟(オダギリ・ジョー)と、そんな弟をいつも立ててくれた生真面目な兄(香川照之)。ところが、吊り橋で起こった“事故”をきっかけに、兄の心情に抑え込まれていたものを垣間見ていくという話。
「ゆれる」を観て西川の作品に興味を持ち、デビュー作「蛇イチゴ」(2003年)もレンタル屋で借りて観た。行方不明の長男が間違って実家の葬式に来てしまうのだが、実は彼は香典泥棒、持ち前の口八丁手八丁でトラブルを解決するというシリアスなコメディー(矛盾した言い方だが)。これもよくできていた。
「ゆれる」は、映画では弟の視点に立っていたが、小説版『ゆれる』(ポプラ文庫、2008年)は当事者それぞれのモノローグの組み合わせで構成されている。「藪の中」にたとえるのが適切かどうか分からないが、身近な人でも、その相手を見るときの普段なら表に出さない微妙な毒気がすくい取られている。人間にはこういう醜いところがある、とあげつらって書くのはさして難しいことではない。そんな安易な書き方ではなくて、日常の中に自然にとけこんでいるトゲを、斜に構えつつも真摯でやさしい眼差しで捉えていけるかどうか。そうしたところが嫌味なく描かれていて、小説としてもうまいものだと感心した。
『きのうの神さま』(ポプラ社、2009年)は短編集。医療をテーマとした作品が中心。西川監督の次回作「ディア・ドクター」は地域医療や高齢化を題材としているそうで、その取材をしながら書いたとのこと。映画はどんな感じになるか楽しみ。
『名作はいつもアイマイ──溺レル読書案内』(講談社、2008年)は雑誌連載のブックレビューをまとめたもの。ラインナップに井上ひさし『薮原検校』とか三島由紀夫『不道徳教育講座』とか野坂昭如『エロ事師たち』とかあるのはなかなか良い趣味してますな。
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