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2009年5月23日 (土)

三宅雪嶺『真善美日本人』

三宅雪嶺『真善美日本人』(講談社学術文庫、1985年)

 国粋主義なんて言うと、現代では鬼面人を驚かすがごときおどろおどろしい響きもこもるが、明治期の政教社ナショナリズムにはポジティヴな開放性がある。雪嶺三宅雄二郎は政教社の雑誌『日本人』の主幹であった。鹿鳴館に顕著に見られるような欧米崇拝熱への批判として彼らの政論は出されているが、それは単なる反動ではない。人にはそれぞれ個性があると同様に、国柄それぞれにも個性がある。欧化という形でその個性を平板化してしまうのではなく、むしろ日本の個性を積極的にのばすことによってこそ、広く世界に貢献できるはずだと考えた。たとえば、“真”というテーマで雪嶺は次のように言う。

「真を極むること如何。相切磋し、相磨礪することのもって美玉を成就すべきを見ば、智識を闘わすの真を極むるにやむなきを知らん。異なれる境遇における異なれる経験より獲得せる極めて多くの異なれる事理を彙集し、同異を剖析し、是非を甄別し、もって至大の道理に帰趨するは、真を極むるの要道なり。既に称して日本の国家という、その人まさに人類世界において真を極むるの一職分を担わざるべからず。」(36~37ページ)

 西洋とは異なる経験を持つ日本には、他の国にはできない日本なりの任務があるはずだ。異なる個性を持つ者同士が切磋琢磨するからこそ世界全体の進歩があり得る。そうした形で、日本の文化ナショナリズム=国粋主義・日本主義をユニバーサリズムの中に矛盾なく位置付けていこうとする発想に政教社の主張の特長があった。同時代の内村鑑三の墓碑銘に刻まれた「私は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、かくしてすべては神のために」という言葉も想起される。

 “真”は学術的なテーマである。古来、中国・インドの文化を咀嚼してきて、現在では欧米から新しい学術方法論を輸入している日本は東洋文化研究に長所があるとされる。本書は雪嶺の口述を筆記したものだが、筆記者の一人は後に東洋史研究の泰斗として知られた湖南内藤虎次郎である。“美”については日本にも様々な美術があることを強調。風土の風光明媚な点については軽く触れる程度だが、同じく政教社の同人であった志賀重昂『日本風景論』が有名である。“善”としては、日本のような弱国であっても工夫によって富国強兵を図ることができると指摘。類似したテーマでは内村鑑三『デンマルク国の話』も思い浮かぶ。

 『真善美日本人』と対句的なタイトルを持つ『偽悪醜日本人』も本書に収録されている。“偽”や“醜”はうわっつらに流れて真実を失った学問や芸術への、“悪”は私利を第一として士風の矜持を失った社会風潮への批判である。とりわけ、欧米文化を直輸入して事足れりとする風潮に舌鋒が鋭く向けられる。次の引用をみると、“和魂洋才”“東洋道徳西洋芸”のような発想と言えるか。

「おおよそ社会の事物たる、他を模倣せんよりは、自家固有の特質を発達せしむるの優たることあり。けだし我が国固有の風俗たる、いずくんぞことごとく抹殺すべきものならんや。そもそも外事を取りて、これを用いんことあえて排難すべきにあらずといえども、そのこれをなさんにはあらかじめ守るところなかるべからず。すわなち明らかに我を主とし、彼を客とするの本領を確保し、彼やただ取りてもって我の発達を裨補せしむるの用に供すべきのみ。はじめより汲々乎として模倣これ務む、いずくんぞその可なるを知らん。」(139ページ)

 雪嶺は中野正剛の岳父にあたり(中野については以前に触れた→こちらを参照のこと)、東方会の機関紙『我観』の主筆に据えられていた。戦後間もなく、我観社は真善美社と名前を変えたが、雪嶺『真善美日本人』に由来する。なお、中野と同郷という縁で花田清輝が我観社・真善美社にいて、たとえば埴谷雄高、島尾敏雄、福田恒存、中村真一郎、岡本潤、小野十三郎などの本も真善美社から出されている。

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