エブー・パテル『アクツ・オブ・フェイス:あるアメリカ人ムスリムの物語、ある世代の魂を求める闘い』
Eboo Patel, Acts of Faith: The Story of an American Muslim, the Struggle for the Soul of a Generation, Beacon Press, 2007
Acts of Faithというタイトルは、「信仰の原則」(act→法令だと日本語にするとそぐわないな)とすべきか、それとも「信仰の実践」、「信念の行動」か。全部の意味がかけあわされているのだろうな。著者はインド系アメリカ人のムスリム。彼自身、アメリカ社会に育ちながら、自分は一体何者なのか?というアイデンティティの分裂に苦しんでいた。しかし、ボンベイ(ムンバイ)でムスリムとしての慈善活動に取り組む祖母をはじめ、異なる宗教の信者も含め様々な人々と間近に接した体験を通して、ムスリムとしての自覚で克服する。自分と同世代の若者たちが宗教的過激主義に走っている現状について、心の拠り所を持たない彼らを過激主義が利用していると危機意識を持ち、Interfaith Youth Coreを設立した。彼の言う宗教的アイデンティティの確立は決して排他的なものではない。歓待、寛容、同情、慈悲などの価値観は宗教が異なってもあるはずで、異なる宗教の若者たちが互いにそうした共通の価値観について語り合うことによって宗教上の多元性を目指そうとしている。
こうした活動は一定の知的水準を持つ人たち相手なら通用するだろうが、どこまで広がりが持てるのか私にはよく分からない。しかし、そんな私のようなシニカルな懸念には惑わされず、実地にひたむきに活動しているところはやはり貴重だと思う。
ガンジーが、“真理”というのはどの宗教もちゃんと説いている、自分はヒンドゥー教徒だからバガバット・ギーターを読むし、キリスト教徒なら聖書を読めばいいし、ムスリムならコーランを読めばいい、そんな趣旨のことを言っていたのを思い出した。一にして多、多にして一。山の頂は一つだが、登り口はたくさんあり得る、そんなイメージ。何年か前、あれは紀伊国屋セミナーのシンポジウムだったか、今言ったような趣旨でインド研究の中島岳志さんが、ナショナルな自覚を持ちつつナショナリズムを克服する方向性としてガンジーと井筒俊彦の思想に関心を持っていると発言していたのも思い出した。当然、本書Acts of Faithでもガンジーに言及されているし、ムスリムとしてはアブドゥル・ガファル・カン(Abdul Ghaffar Khan。もしくは、バドシャー・カン Badshah Khan)の名前も挙げていた。パシュトゥン人出身、ガンジーに呼応して現在のパキスタン北部あたりでムスリムの非暴力運動を指導した人物。“辺境のガンジー”と呼ばれている。彼については私も以前から関心があって、文献も2冊ほど入手してあるのだが、怠惰なもので勉強が進みません…。
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