福沢諭吉『文明論之概略』
福沢諭吉『文明論之概略』(岩波文庫、1995年)から抜き書き。
・欧米諸国について→「ただ一般にこれを見渡して善盛に赴くの勢あるのみにて、決して今の有様を見て直にこれを至善というべからず。今後千数百年にして、世界人民の智徳大に進み、太平安楽の極度に至ることあらば、今の西洋諸国の有様を見て、愍然たる野蛮の歎を為すこともあるべし。これに由りてこれを観れば、文明には限なきものにて、今の西洋諸国を以て満足すべきにあらざるなり。」「今より数千百年の後を期して太平安楽の極度を待たんとするも、ただこれ人の想像のみ。かつ文明は死物にあらず、動て進むものなり。動て進むものは必ず順序階級を経ざるべからず。即ち野蛮は半開に進み、半開は文明に進み、その文明も今正に進歩の時なり。」
・「ある人はただ文明の外形のみを論じて、文明の精神をば捨てて問わざるものの如し。けだしその精神とは何ぞや。人民の気風、即これなり。」
・「自由の気風はただ多事争論の間にありて存するものと知るべし。」
・「都て世の政府は、ただ便利のために設けたるものなり。国の文明に便利なるものなれば、政府の体裁は立君にても共和にても、その名を問わずしてその実を取るべし。」
・「…政府の失策を行う由縁は、つねにこの多勢に無勢なるものに窘めらるればなり。政府の長官その失策たるを知らざるにあらず。知てこれを行うは何ぞや。長官は無勢なり、衆論は多勢なり、これを如何ともすべからず。この衆論の由て来る所を尋るに、真にその初発の出所を詳にすべからず。あたかも天より降り来るものの如しといえども、その力よく一政府の事務を制御するに足れり。故に政府の事務の挙らざるは二、三の官員の罪にあらず、この衆論の罪なり。世上の人、誤て官員の処置を咎る勿れ。古人は先ず君心の非を正だすを以て緊要事と為したれども、余輩の説はこれに異なり。天下の急務は先ず衆論の非を正だすにあり。」
・智徳の発達→精神の自由→「世間に強暴を恣にする者あれば、道理を以てこれに応じ、理に服せざれば、衆庶の力を合してこれを制すべし。理を以て暴を制するの勢に至れば、暴威に基きたる名分もまたこれを倒すべし。故に政府といい人民というといえども、ただその名目を異にし職業を分つのみにて、その地位に上下の別あるを許さず。」「受くべからざるの私恩はこれを受けず、恐るべからざるの暴威はこれを恐れず、一毫をも借らず、ただ道理を目的として止まる処に止まらんことを勉むべし。」
・「そもそも文明の自由は他の自由を費して買うべきものにあらず。諸の権義を許し、諸の利益を得せしめ、諸の意見を容れ、諸の力を逞うせしめ、彼我平均の間に存するのみ。あるいは自由は不自由の際に生ずというも可なり。」
・「…日本は、古来いまだ国を成さずというも可なり。今もしこの全国を以て外国に敵対する等の事あらば、日本国中の人民にて、たとい兵器を携えて出陣せざるも、戦のことを心に関する者を戦者と名け、此戦者の数と彼のいわゆる見物人の数とを比較して、何れが多かるべきや、預めこれを計てその多少を知るべし。かつて余が説に、日本には政府ありて国民(ネーション)なしといいしもこの謂なり。」(※具体的な行動を取るかどうかは別として、国事を自分に直接関わることと受け止める人々が集まってネーション→明治維新の課題はこのネーションの確立にあったと言える)
・「自国の権義を伸ばし、自国の民を富まし、自国の智徳を修め、自国の名誉を耀かさんとして勉強する者を、報国の民と称し、その心を名けて報国心という。その眼目は、他国に大して自他の差別を作り、たとい他を害するの意なきも、自から厚くして他を薄くし、自国は自国にて自から独立せんとすることなり。故に報国心は一人の身に私するにはあらざれども、一国に私するの心なり。即ちこの地球を幾個に区分して、その区分に党与を結び、その党与の便利を謀て自から私する偏頗の心なり。故に報国心と偏頗心とは、名を異にして実を同うするものといわざるを得ず。この一段に至て、一視同仁、四海同胞の大義と、報国尽忠、建国独立の大義とは、互に相戻て相容れざるを覚るなり。」(※福沢はナショナリズムを偏頗心、つまり特定集団に偏った身贔屓の心性として捉えている点に注意。「瘠我慢の説」の冒頭でも「立国は私なり、公に非ざるなり」という一文から始めている。ナショナリズムという集団主義に必ずしも普遍性はない。しかし、現実としてこの心性に基づいて世の中は動いているのだから、これを所与の前提とするしかないという認識が福沢にはあった)
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