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2009年4月24日 (金)

『石橋湛山評論集』『湛山回想』

 学生の頃、一時期、石橋湛山に入れ込んでいた。たしか、田中秀征の講演を聞いたのがきっかけだったように思う。たとえば、小日本主義。植民地の放棄を主張するにしても、それを単なる道義論に終わらせず、統計上の数字を示して日本側の赤字であるという具体的な根拠を示す。湛山はもともと宗教家を志して早稲田の哲学科に入ったが、大学ではプラグマティズムの田中王堂に師事した。そうしたあたりも含め、ある種の理想主義を唱えるにしても必ず具体的な裏付けを求めるという湛山のバランス感覚に感心した。

 『石橋湛山評論集』(岩波文庫、1984年)を読み返した。リベラルな個人主義が基本。若い頃に「哲学的日本を建設すべし」という論説を書いている。自己の存在意義を徹底的に究明してこれだけは譲れないという一線を把握する=哲学、個人でも国家でもこの基本線を踏まえた上で問題に対処しなければどうにもならない、という趣旨。個人主義というのは、自分にとってこれだけは譲れないという最低ラインを明確に自覚しているからこそ、他者との協調も妥協もできる、つまり交渉ができるという考え方。この考え方が湛山のその後の政論にも一貫している。だからこそ、権威にも流行にも流されない(軍部にもGHQにも屈しなかったし、金解禁論争では当初、大衆世論から孤立していた)。福沢諭吉の「一身独立して一国独立す」という有名なテーゼのリフレインのようにも思われた。福沢の個人主義も「痩せ我慢」=意地が大前提になっている。そういえば、田中王堂は『福沢諭吉』という本を書いていたが私はまだ読んでいない。

 こうした考え方で海外を見れば、自己は自己による支配でなければ満足はできないのだから、日本の植民地支配がどんな善政を敷いたところで反抗は止まるはずがないという理解(大日本主義批判の第二の論点)につながってくる。また、『湛山回想』(岩波文庫、1985年)にはこんな話もあった。尾崎行雄が普選に反対して意外に思ったが、国民一人ひとりに訓練がなければ普選をやっても無意味だという尾崎の指摘は後になって納得できたという述懐。軍隊生活で規律を身につけた経験から、良い意味での団体主義=良い意味での個人主義という指摘。こうしたあたりにも、逆説的ではあるが、自己という主体に多くを課すリベラリズムがうかがえる。

 『湛山回想』では戦前の経済雑誌の簡単な通史が語られているのも興味を持った。お雇い外国人シャンドの机の上にイギリスの『エコノミスト』があるのを見て田口卯吉が『東京経済雑誌』を創刊。『東洋経済新報』は明治28年の創刊。大正期、大戦特需以降、石山賢吉の『ダイヤモンド』が会社記事・株式記事で売り上げを伸ばした。その頃の日本は欧米とは異なって事業報告書や会計士制度が未整備だったので、投資の参考情報として需要があったのだろうとのこと。『東洋経済新報』の記者たちは政治・社会問題志向なのでそうした私経済に興味はなかったが、それでも会社記事は載せざるを得なかった。昭和に入って、金解禁論争、世界恐慌、日本の国際的孤立といった状況で先行き不透明→経済雑誌の需要がのびた。金解禁論争は一般の人々に経済知識が普及するきっかけにはなったという。

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