スティーヴン・M・ウォルト『米国世界戦略の核心──世界は「アメリカン・パワー」を制御できるか?』
スティーヴン・M・ウォルト(奥山真司訳)『米国世界戦略の核心──世界は「アメリカン・パワー」を制御できるか?』(五月書房、2008年)
スティーヴン・ウォルトはハーヴァード大学ケネディ行政学院教授、国際関係論におけるネオリアリズムの理論家として知られる。ブッシュ政権によるイラク攻撃を批判してネオコンとは対立した。リアリズムでは国益優先が議論の大前提だが、未熟な大国という自己認識を踏まえ、アメリカの単独優位を長期的に保つためにこそ、過剰なレトリックに走らず自己抑制が必要だと指摘する。
アメリカという単独優位のスーパーパワーの存在自体が、友好国であれ敵対国であれ、脅威と受け止められる。他国は、圧倒的に不利な状況下であってもアメリカの足を引っ張る手段を持っている。アメリカはやりたい放題できるかもしれないが、そのかわりコストが高くつき、結果として国益を大きく損ねてしまう。たとえアメリカ自身は主観的には善意だとしても、原則のないパワーの行使は不信感や警戒心を招き、他国は手を組んでアメリカのパワーを抑制する行動に出るだろう。こうした不信感をなくすことによって単独優位の現状を維持するのが長期的にはアメリカの国益にかなう。世界覇権を目指して何でもかんでも口を挟もうとするのではなく、アメリカにとって死活的な局面だけにパワーの行使を限定するオフショア・バランシングの戦略を取るべきだというのが本書の結論である。
脅威を感じた他国はアメリカのパワーを抑制するためにどのような行動を取るか? 様々な手段があり得るが、アメリカの正当性を否認→孤立させることが基本的な方向性となるだろう。
・バランシング:外的バランシング(古典的なパワー・ポリティクスの考え方)と内的バランシング(自分たちの強みとなる手段を活用してパワーのギャップを埋めようとする。例えば、テロリズム)
・ソフト・バランシング:弱小国が手を組んでアメリカの正当性を否認(例えば、イラク戦争でアメリカは国連決議を得られなかった→大きな制約を課す)
・ボーキング:対立はしないまでも、要求を受け容れない
・バインディング(拘束):国際制度上の枠組みを通してアメリカの正統性を否認
・ブラックメール(恐喝):例えば、北朝鮮
アメリカのパワーを如何に利用するかという観点から、弱小国側の態度を整理すると、
・バンドワゴニング(追従政策):アメリカが圧倒的な力を見せつけることで弱小国に言うことをきかせる→ネオコンはこれで失敗
・地域バランシング:アメリカのパワーを後ろ盾に地域的な影響力を確保する。例えば、日米同盟
・ボンディング(絆):アメリカとの密接な関係をアピールすることで広い影響力を確保する。例えば、英米同盟
・国内政治への浸透(penetration):アメリカの国内政治は開放的→ロビー活動(例えば、イスラエル・アルメニアなど→アメリカの国益に反する外交政策まで決めてしまうとして本書は批判的)。本書では取り上げられていないが、ボスニア政府がPR会社を使ってアメリカの国内世論を動かしたケースも挙げられるだろう(高木徹『戦争広告代理店』→こちらを参照のこと)
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