バーバラ・タックマン『八月の砲声』『決定的瞬間』
以前、ケビン・コスナー主演「13デイズ」という映画を観たことがあった。キューバ危機におけるホワイトハウスの葛藤を描いているが、強硬アプローチ(力の論理)と融和アプローチの相克が端的に浮び上っていて国際政治学の入門としても面白いのではないかと思っている。軍部の強硬派が「ミュンヘンを忘れたのか!」と声を荒げるのを後に執務室に戻ったケネディが「バーバラ・タックマンの『八月の砲声』を読んだか?」と側近に声をかけるシーンがあった。
バーバラ・タックマン(山室まりや訳)『八月の砲声』(上下、ちくま学芸文庫、2004年)は1914年8月、第一次世界大戦が始まった前後における関係各国首脳部の動向を中心に描き出したノンフィクションである。ヨーロッパ各国では同盟・敵対関係が複雑に入り組み、ドイツとフランスは互いに万一に備えて(本気ではないにせよ)戦闘計画を用意していた。張り巡らされた網に火をつけたのがサラエボ事件、錯綜した同盟・敵対関係が連鎖的に作動し始める。どの国も当初は短期・局地戦で済ませるつもりだった。しかし、はったりのかまし合い、見通しの誤り、カイゼルの気まぐれ、軍部の官僚的硬直(ヴィルヘルム2世が気まぐれで出した動員令を慌てて取り消そうとしたら、参謀総長(小)モルトケは「一度発令された動員は解除できません」)などなど、誤算の連続。パリとペテルブルクで宣戦の文書を手交するドイツ大使自身が当惑しており、相手国側と慰めあう始末。ベルリンの帝国宰相ベートマン・ホルヴェーグは「どうしてこんなことになってしまったのか、さっぱり分からない…」。青ざめる政治指導層とは裏腹に国民は熱狂している。
バーバラ・タックマン(町野武訳)『決定的瞬間──暗号が世界を変えた』(ちくま学芸文庫、2008年)は、イギリス情報部によって解読されたドイツ外相ツィンメルマンの電報が結果としてアメリカの参戦を促し、大戦の流れを大きく変えることになった経緯をたどる。当初、アメリカは中立の立場を取っていたが、ドイツは万一アメリカが参戦してきた場合に備えて日本・メキシコと同盟を組んでアメリカに圧迫を加えようと画策していた。その極秘指令電報をイギリスは解読したのだが、解読の事実は極秘という条件でアメリカ側にリーク。ツィンメルマンはそんな電報など存在しないと突っぱねることもできたが、なぜか認めてしまった。アメリカの国内世論は沸騰し、アメリカの参戦が決まる。たった一本の電報でも、その使い方によって大勢を変えてしまうことがあり得る。
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