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2009年3月31日 (火)

『アンネの日記』

 『アンネの日記 増補新訂版』(深町眞理子訳、文春文庫、2003年)。父オットー・フランクの配慮で削除されていた箇所が追加され、かつてちょっとした話題になったが、今さらながら手に取った。小川洋子『アンネ・フランクの記憶』(角川書店1995年)もあわせて読む。アンネゆかりの場所や人々を訪ねて回った紀行文だ。アンネを匿っていた一人であるミープ・ヒース(深町眞理子訳)『思い出のアンネ・フランク』(文藝春秋、1987年)は貴重な回想録だが、私がこれを読んだのは高校生のときだった。

 アンネ、隠れ家、ノックの音。三題噺のようで恐縮だが、イメージ的にそんな連想が働く。小学生の頃、アンネの隠れ家を復元した模型の写真を何かの本で見た。その頃は、彼女の置かれた絶望的な深刻さを理解していなかったので、忍者屋敷みたいですごい!と単純な興味を持った覚えがある(特に、入口の回転本棚)。ほぼ同じ頃だろうか、海外のテレビドラマを見て、ゲシュタポがドアをドンドンドンと乱暴に叩く不吉な音がいつまでも耳に残った。本当に怖い音だと思った。隠れ家の人々が、呼び鈴やノックの音に過剰に敏感になっていた様子は『アンネの日記』にうかがえる。

 共同生活者の苛立った姿についてアンネの辛辣な筆致は時に意地悪だけど、たとえば削除されていた性の目覚めの記述なども合わせて読むと、彼女の意地悪な視線もひっくるめて奔放な好奇心の表われとしてほほえましい。閉ざされた隠れ家の中で怯えながら暮らす日々、心を自由に飛翔できるのはキティーに語りかける日記帳の中だけ。『アンネの日記』が世界で広く読まれているのは、かわいそうな女の子の話という単純なレベルでないことはもちろんだ。息苦しさに身もだえする孤独で繊細な感受性が、彼女のつづる言葉にいつの時代でも重ねあわされている。そうした感受性の一人、たとえば小川洋子さんが、かつてはアンネと同い年だったのがいつの間にか当時のミープさんの歳になり、アンネのお母さんの歳になり、としみじみ感じながら、年齢に応じてアンネをみつめる眼差しが変わってくるというのが面白い。

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