ムハマド・ユヌス『貧困のない世界を創る──ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』、他
ムハマド・ユヌス(猪熊弘子訳)『貧困のない世界を創る──ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』(早川書房、2008年)
マイクロクレジットという金融システムを考案・実践した功績によってバングラデシュのグラミン銀行及びその創設者ムハマド・ユヌスは2006年度ノーベル平和賞を受賞した。マイクロクレジットとは貧しい人々が貧困から抜け出し経済的に自立できるよう、無担保、ただし5人ほどでグループをつくって連帯責任をとってもらう形式で行なう小規模融資のこと。融資対象には女性が多い。男性は浪費してしまうのに対し、女性は家事・子供の養育などに気を使わねばならないのできちんと活用するからだ。援助とは異なり返済は当然ながら義務付けられる(貸倒率は低い)。返すという前提があるからこそ自尊心をもって自分の仕事に取り組む動機となっている。
こうしたマイクロクレジットも含め、ユヌスはソーシャル・ビジネスという考え方を提唱する。資本主義という社会構造は前提で、投資→費用・収益→利潤という企業運営形態は変わらない。ただし、従来型の企業観が利潤の最大化を動機とするのに対し、ソーシャル・ビジネスはその利潤の部分が社会的貢献に置き換えられる。コストは回収せねばならないが、だからこそ援助とは違って自律的な活動ができる。
自分の手で何かを作り上げたい欲求、自分の成果を承認してもらいたい欲求、自分が何らかの役割を果たしているという自尊心、そうした広い意味での“表現”欲求が人間には本来的にある。だから、創意工夫に努力して他者とは違った自分らしさを出そうとする。そうした“表現”欲求が経済活動という形でうまく制度化されているところに資本主義の長所がある、そのように私は考えている。金銭的評価というのはそうした数ある“表現”欲求の中のあくまでも一部であって、すべてではない。社会的貢献というのも企業活動の動機として十分あり得ると思う。それはいわゆる慈善活動とは異なる。貧しい人であってもその人なりにもって生まれたものがあり、それがうまく活用されていくよう促していく、そのきっかけづくりとしてマイクロクレジットの役割を見出そうとしているユヌスの考え方に私は共鳴できる。
『ムハマド・ユヌス自伝』(早川書房、1998年)も手もとにあったはずなのだが、行方不明。蔵書をちゃんと整理しなきゃなあ…。
坪井ひろみ『グラミン銀行を知っていますか──貧困女性の開発と自立支援』(東洋経済新報社、2006年)はグラミン銀行の仕組みについて具体例を通して解説してくれる。平易で読みやすい。
日本でも社会的格差、雇用問題が深刻になっている中、こうしたマイクロクレジットの考え方が応用できないのか? 菅正広『マイクロファイナンスのすすめ──貧困・格差を変えるビジネスモデル』(東洋経済新報社、2008年)はそうした問題意識を念頭に置きながらマイクロファイナンスの仕組みを解説、日本で活用する際に考えるべき論点を整理してくれる。
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