ニコラス・グリフィン『コーカサス:キリスト教とイスラム教の狭間への旅』
Nicholas Griffin, Caucasus: A Journey to the Land between Christianity and Islam, The University of Chicago Press, 2004
1999年に著者はコーカサスを旅して歩きまわり、そのトラブル続きの旅行記と、19世紀以来のコーカサス近現代史とが交互につづられていき、気軽に読みやすい構成となっている。とりわけ重きを置いて描かれるのがイマーム・シャミール(Imam Shamil, 1797-1871)だ。19世紀半ば頃、ロシアに対する抵抗運動を通してムスリム系の国家が形成されたが、その第三代目イマームとなった人物である。
ロシア軍による掃討作戦は凄惨を極めたが、他方でシャミール配下の軍勢も負けてはいない。グルジアの名門チャヴチャヴァゼ(Chavchavadze)家の荘園だったツィノンダリ(Tsinondali)を訪れた際には、かつてシャミールの配下がチャヴチャヴァゼ家の女子供を拉致した時の血なまぐさい出来事も描写される(グルジア貴族はロシア側についていた)。コーカサスでは当時も今も誘拐→身代金や政治交渉の条件とすることが普通に行なわれてきた。シャミールの長男ジャマール・アッディーン(Jamal al-Din)はロシア軍の捕虜となっており、その交換交渉にはアルメニア人のロシア軍人イサーク・グラモフ(Issac Gramov)があたり、無事成功。ところが、ジャマールは完全にロシア文化に感化されており、ロシア軍の制服姿で戻ってきたため、シャミールは戸惑ったようだ。ジャマールが後継者となるので、ロシア側とムスリム側との橋渡し役として彼の存在は期待されたが、残念ながら捕虜交換から二年後に病死してしまう。
やがてイマーム国家は壊滅、シャミールはロシアに投降し、その庇護下で余生を過ごす。アレクサンドル二世やエルモーロフ(コーカサス征服の端緒を開いた人物。ロシアにとっては英雄だが、コーカサスでは悪名高い)とすら顔を合わせている。末の息子はロシア軍に入隊して、たとえばグルジアのグリア地方の農民反乱鎮圧などにも出征したようだ。
晩年のシャミールはどんな心境だったのだろう? ロシア側の記録では平穏だったとされるが、本書に登場するシャミールの子孫の女性(彼女はグルジア化されている)はそうした見方に異議を唱えていた。シャミールは現在でもコーカサスのムスリムの間では英雄視されており、本書でも、たとえばチェチェンの野戦司令官シャミール・バサーエフ(Shamil Basayev)の姿にも重ねあわされている。
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