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2009年3月25日 (水)

フラント・ディンクのこと

 2007年1月19日、イスタンブール。トルコのアルメニア人ジャーナリスト、フラント・ディンク(Hrant Dink、1955~2007)が17歳の民族主義的な青年によって射殺された。アルメニアとトルコの関係を考える上でディンクの存在を無視することはできないが、遠い国のことなので日本で入手できる文献が乏しい。とりあえず入手できた小冊子Freedom of the Media in Turkey and the Killing of Hrant Dink(London: Kurdish Human Rights Projects, 2007 September)とwikipediaの記事(困ったときのwiki頼み…)を参照。

 ディンクはアルメニア人とトルコ人の相互理解を深めるためにアルメニア語・トルコ語併記の新聞アゴス(Agos)を創刊。世界中の離散アルメニア人、アルメニア共和国、トルコ国内のアルメニア人ばかりでなく、トルコ市民をもその対象に考えていた。彼は、トルコ政府がアルメニア人ジェノサイドの事実を認めないことを批判する一方で、海外のアルメニア人のロビー活動の結果としてフランスでアルメニア人ジェノサイド否認を刑罰化したことにも批判的であった。相互理解を伴わない強制力では和解は達成できないということだろう。

 トルコ国内の言論状況として、トルコ人及びトルコ共和国を侮辱する言動は禁固刑に処すと規定された刑法第301条が問題となる。アルメニア人ジェノサイドに関連した政府批判はこの条文によって脅かされる。ディンクは有罪判決を受けたことがあるし、ノーベル文学賞受賞者オルハン・パムクも起訴されたことがある(その後、取り下げられた)。上記Freedom of the Media in Turkey and the Killing of Hrant Dinkは、刑法第301条によってトルコ民族主義感情が極度に高められており、従ってディンク暗殺の原因は刑法第301条にこそ求められると指摘している。

 犯人の青年は出身地である黒海沿岸の都市トラブゾンでアルメニア教会に殴りこみをかけたり、マクドナルドに爆弾を投げ込んだりといった事件を起こして警察に捕まったことがある(ちょうどイラク戦争で反米感情の高まっていた時期)。同様に捕まった若者たちの中に警察の情報提供者になった者がいた。ディンクの遺族や弁護団は、警察はディンク暗殺計画を事前に知っていたはずなのに黙認していたと主張、警察・軍部・情報機関への調査を求めている。

 ディンクの葬儀には10万人ほども参集し、「我々はみなディンクであり、みなアルメニア人だ」とアルメニア語・トルコ語・クルド語で書かれたプラカードを掲げてデモ行進が行なわれた。葬儀にはトルコ政府閣僚も出席したほか(エルドアン首相は別件で欠席)、ギュル外相の招待により国交のないアルメニアからも外務次官が出席した。トルコ国内でディンク暗殺事件を深刻に受け止める世論が高まった一方、ナショナリズムの動きも根強い。「我々はみなディンクであり、みなアルメニア人だ」というプラカードについて極右勢力が反発するのは予想できるにしても、中道左派の野党・共和人民党(CNP。社会主義インターナショナルに加盟。ケマル・アタチュルク創設の世俗主義政党に源流を持つ)もこれには否定的で、刑法第301条についても擁護している。

 トルコの軍部・司法・世俗主義政党には、立国の基礎とされているケマリズム(政教分離の世俗主義、同化主義的国民国家志向、近代志向の三本柱から成る)の担い手としての自負が強い。イスラム主義に立つとされる(従ってかつては欧米からの受けが悪かった)現エルドアン政権の公正発展党よりも、こうした世俗主義勢力の方が強固なナショナリズム・権威主義的傾向という点でむしろ強硬派に転じているという逆転現象はPhilip H. Gordon and Omer Taspinar, Winning Turkey: How America, Europe, and Turkey Can Revive a Fading Partnership(Brookings Institution Press, 2008→こちらで取り上げた)で指摘されていた。

 政治的イデオロギーによる言論・教育の統制(具体的には刑法第301条の問題)→体制を正当化する形で歴史記述→アルメニア人ジェノサイドの事実すら一般のトルコ人は知らない→海外からの批判は不当だという反発によりナショナリズム感情の強化。一人一人の個人としてのトルコ人には悪意はないからこそ、こうした負の連鎖を何とか断ち切るためにディンクは相互理解を深めようと努力していたわけだが、社会に組み込まれたイデオロギーの壁は高い。

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