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2009年3月28日 (土)

エドウィン・ブラック『IBMとホロコースト──ナチスと手を結んだ大企業』

エドウィン・ブラック(小川京子訳)『IBMとホロコースト──ナチスと手を結んだ大企業』(柏書房、2001年)

 ナチスによるユダヤ人の大量移送・虐殺はなぜあれほど迅速かつ正確に遂行できたのか? 几帳面なドイツ人という印象論では説明がつかない。パンチカード機の導入による組織活動の効率化がホロコーストを支えていた。機械だけでなく、統計学を駆使して人的資源の効率活用を目的とする経営管理技術によってユダヤ人の選別・動員が行われており、そうしたノウハウを提供したのがIBMであった。本書はその詳細を調べ上げたノンフィクションである。被占領地の中でも、このシステムが行き渡ったオランダではユダヤ人の死亡率が75%に達するのに対し、行き渡っていなかったフランスでは25%にとどまるなど具体的な違いが出ている(フランスの場合、政教分離が前提なので、データの基礎となる過去の国勢調査に宗教に関する項目がなかったことも一因のようだ)。“ソリューション・カンパニー”は、文字通りユダヤ人問題の“ファイナル・ソリューション”(最終的解決)に寄与したわけである。

 IBMの倫理的責任はもちろん免れ得ないにしても、非難するだけではあまり意味はない(社長のトーマス・ワトソンはファシズムに傾倒していたとも言われるが)。効率性の最大化を図ることを至上命題とする近代的組織において、組織人は私見を挟まず与えられた職務を粛々と遂行することが求められる(ヴェーバー的に言うと、“鉄の檻”における“精神なき専門人”といったところか)。目的は何であれ、いったんインプットがあれば自動的に動き出す人的システムが出来上がっていた。それを技術的に補完したのがIBMであった。彼らにとって“ビジネス”が至上目的で、自分たちの提供するものがどんな目的に使われるかは関係ない。そうした考え方を持っていた点で“近代”の不可分な要素としての技術至上的風潮が端的に表われていたと言える。ジーグムント・バウマン『近代とホロコースト』(→こちらを参照のこと)は、近代的組織モデルそのもののはらむ問題がホロコーストという極限状態を通して具体化したのだと指摘。本当に恐ろしいのは殺戮の事実ではなく、このような近代的組織モデルが必要とされている限り(実際、これは不可欠なのだ)、それは別の国でも今の時代でも起こり得ることだと言う。

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