何となくプロメテウスで雑談
天界から火を盗んで人間に与えたため、ゼウスの不興をこうむってコーカサスの岩山に縛り付けられたプロメテウス。荒鷲に体をついばまれても元通り、苦痛が延々と続く。巍巍として荒涼たる岩山に、グリューネヴァルトのキリスト磔刑図のような姿で括りつけられ、天空いと高きところに荒鷲がンギャア、ンギャアと鳴いている、そんなイメージがある。アイスキュロス(呉茂一訳)『縛られたプロメーテウス』(岩波文庫、1974年)は、こうした不条理に耐えつつ、全能なるゼウスに毅然として対峙する雄雄しい姿を描いている。ゼウスに向かって呪詛の言葉をはっきりと投げつけるところなど『ヨブ記』とはだいぶ違う。
ロシア革命の混乱の中、1918年に独立を宣言したグルジア共和国は1921年にボルシェビキによって制圧され、共和国指導層は国外に亡命、プラハ、パリ、ワルシャワなどで拠点組織を設立。パリで発行された機関誌のタイトルはProméthéeとつけられた。亡命組織の中でも色々な思惑があったらしいが、反ボルシェビキという点で一括してPrometheanismと呼ばれたという(Charles King, The Ghost of Freedom: A History of the Caucasus, Oxford University Press, 2008, p.174)。プロメテウスにはコーカサスという土地のシンボル的イメージがあると同時に、独立へ向けての不屈の意志という意味合いも当然ながら込められていたのだろう。
スクリャービンの交響曲第五番は「プロメテウス、あるいは火の詩」。この曲の独特なところは、照明の色彩とピアノの鍵盤とが連動した色光ピアノを使うよう指示されていること。通常、人間の知覚能力は目で色彩を把握し、耳で音を聞き取るという形で五官の機能が働いているが、こうした感官機能の作用が通常とは異なる人が稀にいるそうだ。共感覚というらしい。スクリャービンや、あるいはランボーなどもそうだったという説もある。「俺は母音の色を発明した。──Aは黒、Eは白、Iは赤、Oは青、Uは緑」(小林秀雄訳『地獄の季節』岩波文庫、1970年、30ページ)。
コーカサス→プロメテウス→火、と言えば、カスピ海は石油の宝庫。湖畔で石油が燃え上がる光景はゾロアスター教徒にとって重要な意味を持った。イスラム化する以前、アゼルバイジャンのあたりにはゾロアスター教が広まっていたし、遠方からもわざわざ見にやって来る信徒もいたという。
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