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2009年1月26日 (月)

ニコ・ピロスマニのこと

 NHK教育テレビ「新・日曜美術館」でピロスマニの特集。彼のことは、昨年の夏、渋谷の文化村で開催された「青春のロシア・アヴァンギャルド」展で初めて知った(→こちらを参照のこと)。シャガールやらカンディンスキーやらマレーヴィチやらとシュールな絵が並ぶ中、ピロスマニの絵の素朴さは全く異世界に足を踏み入れたかのように際立ち、その印象が本当に強烈だった。

 ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani、もしくは、ピロスマナシヴィリPirosmanashvili、1862~1918年)。グルジアのカへティという地方の農村に生まれたが、幼い頃に両親をなくし、首都ティフリス(現トビリシ)の親戚の家に引き取られた。印刷工や鉄道員をしたり知人と商売をしたりと職を転々とした挙句、絵筆を手に居酒屋の看板絵を描きながら放浪生活を送るようになる。報酬は、酒とパンと一夜の宿。金が入れば絵具を買った。ペテルブルクから来た若手芸術家たちによって見出されて一躍注目を浴びたが、彼の絵の素朴さは画壇から「画法が稚拙だ」と酷評された。放浪生活のまま1918年、狭い階段下の一室で独り死んでいる姿が見つかる。

 黒や暗色系を背景にしたイコンを思わせる人物像を見ていると、何となく敬虔な雰囲気も漂っていてジョルジュ・ルオーを思い浮かべたけど、コーカサスの森を背景に人々や動物を描いたものを見ると、色合いの暗いアンリ・ルソーって感じもする。ピロスマニを知らない人に向けてイメージとして伝えようとするとそんなところか。鹿や熊など動物の絵も多くて、つぶらな瞳がかわいらしい。何よりも、背景に使われている深い青の色合いが私の眼に焼きついている。

 最近、私はアレクサンドル・チェレプニンという音楽家に興味があって、彼は革命前後の時期、ティフリスの音楽院長として赴任してきた父親と一緒にグルジアへ来ており、ピロスマニの絵を同時代で見ている。彼はピロスマニの素朴さに目を引かれつつも困惑しており、結局、「未熟な学生の素朴さだ」と記していた(Ludmila Korabelnikova, tr. by Anna Winestein, Alexander Tchrepnin: The Saga of a Russian Emigré Composer, Indiana University Press, 2008, pp.29-30)。これが当時の知識人の一般的な見解だったのだろう。稚拙、と言えばそうなのかもしれない。画法のスタンダードに則っていないという意味で。しかし、彼の絵を見て、私も含め何かホッとするものを感じて、理屈以前に強い愛着を覚えるのはどうしたことなのか。

 加藤登紀子に「百万本のバラ」という曲があるらしいが(世代的に知りませんでした)、この曲のモデルはピロスマニだという。マルガリータというフランス人女優に恋をして、彼女の宿泊先の周りを全財産はたいてバラの花で埋め尽くしたそうな。世間知らずなバカと言えばバカです。だけど、こういうひたむきな純粋さ、それを、人から何と言われようとも絵を描き続け、貧窮の放浪生活の中で死んでいく姿と重ね合わせたとき、私には何ともうまい言葉が出てこない。技術がどうとかいうレベル以前に、この人はこうあらざるを得なかった、その純粋さが絵を通して訴えかけてくるものに胸が打たれるとしか言いようがない。ペテルブルクから来た前衛芸術家たちも、既成の妙なしがらみを一切取り払って純粋なものを求めようという情熱があったはずで、その点で彼らもピロスマニの素朴さに自分たちにはないものを見出して驚愕したのだと思う。

 「青春のロシア・アヴァンギャルド」展を観てピロスマニという人物に興味がかきたてられ、彼のことを知りたくてただちに画集(文遊社、2008年)を買った。だけど、この本、絵の配列がおざなりな感じだし(例えば、「兄と妹」という複数の絵にはストーリー的なつながりがありそうなのに、配置はバラバラ)、誤植もあったし、やはりピロスマニに関心を持った知人は印刷の色があまりよくないと言っていたし…。少々不満はあるけれど、彼の絵を一冊でまとめて鑑賞できるので大目に見ましょう。先日、グルジアのテンギズ・アブラゼ監督「懺悔」を観に行ったら(→こちらを参照のこと)、上映館の岩波ホールでもこの画集が販売されていた。映画の内容とは直接には関係ないのだが、グルジアといえばピロスマニと相場が決まっているようだ。

 ピロスマニの生涯を描いた評伝があれば是非読みたいと思っているのだが、どうやらないみたい。「新・日曜美術館」でも、たいていはゲストとして専門家が一人は招かれるものだが、今回は日本在住のグルジア人女性と彼に関心をもった絵本画家さんだけだった。せめて英語ならと思ってamazonで検索したのだが、見当たらず。ロシア語ならあるんだろうけど、読めません…。

 ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督「ピロスマニ」(1969年、日本では1978年に岩波ホールで上映)が彼の生涯を描き出しており、コーカサスのどこか寒々としつつも美しい野山を背景に、彼の絵を模したシーンがあちこちに散りばめられているのが目を引く。

 最近、色々な関心が不思議な交錯をしている。台湾出身の江文也という音楽家に興味を持って、江を見出したチェレプニンについて調べ始めて、そのチェレプニンは青春期にグルジアで音楽的感受性を養っていた。それから、アレクサンドル・ソクーロフ監督「チェチェンへ アレクサンドラの旅」という映画を観て、チェチェン問題を知ってそうでよく知らないことに気付いて、それでコーカサスの歴史を調べ始めた。そして、これもたまたまだけど、グルジア出身の作曲家ギヤ・カンチェリの曲をここのところ聴き込んでいる。そして、ピロスマニ。

 宴会風景の絵を観ていたら、何だかグルジア・ワインが呑みたくなってきた。グルジアに行ってみたいものだが、ここのところ政情不安が続いているからどうなんだろう?

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コメント

世代的にかなりアレな私としては、「百万本のバラ」は加藤女史のより、本歌のアラ・プガチョワの方がずっと好みですね。加藤さんのねちこい歌い方があまり好みでないのです。プガチョワの方がダイナミックな感じ。
それと、プガチョワの相当若い夫だった(後に離婚)フィリップ・キルコロフ(←モリゾーとキッコロではない)も大好き。数年前、ウズベキスタンのタシュケントで新年を迎えたとき、迎春番組はキルコロフが司会をしてて「うわ、オヤジ化したな」と思いました。
是非お聞き下さい。

投稿: Mセンセー | 2009年1月26日 (月) 21時31分

 アラ・プガチョワ、そうそう、以前にも薦めてくださいましたね。キルコロフを検索したらCDのジャケットが出てきて、にっこり笑うにいちゃんの濃ゆーい顔立ち。ふーむ、こういうのが好みなのか…(←なぜかショックを受けている私)、という話ではないか。失礼しました。ちゃんと歌声を聴きます。
 色々と薦めていただいて、“宿題”をためこんでいる感じが妙に心地よい今日この頃です。

投稿: トゥルバドゥール | 2009年1月27日 (火) 01時26分

ピロスマニを検索していたらたどり着きました。今度2015年8月28日〜9月7日まで新宿のコニカミノルタプラザにて「Into the world of Pirosmani」という写真展を開催します。トビリシやミルザアニの風景約40点ほど展示するのでよかったらお越し下さい。

http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2015august/gallery_b_150828.html

投稿: みくままさし | 2015年7月21日 (火) 09時40分

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