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2009年1月21日 (水)

ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス チェチェンの戦火を生き抜いた少女』、ハッサン・バイエフ『誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語』

 モスクワで弁護士のマルケロフ氏と新聞記者のバブロワさんが射殺されたという。例によってお蔵入りになるのだろう。マルケロフ氏が取り組んでいた、チェチェン人女性をレイプ・殺害したとされる元ロシア軍大佐の事件は、ポリトコフスカヤ(鍛原多惠子訳)『プーチニズム 報道されないロシアの現実』(NHK出版、2005年)で取り上げられている。パブロワさんの所属していた「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙には、かつてポリトコフスカヤもいた。

 チェチェン紛争はかつてほど耳目を引く激しさは伝わってこないが、ロシアの現政権が進める“紛争のチェチェン化”により、むしろ確実に日常化しているようだ。理由もなく人々を連行して身代金を要求するという非道が横行していることは、ポリトコフスカヤのルポルタージュやチェチェン人の手記で必ず出てくる話である。これはロシア軍ばかりでなく、チェチェン人の武装勢力までもがそうした“誘拐ビジネス”に手を染めている。武装勢力同士のいがみあいもある一方、あろうことか、ロシア軍と通じて“誘拐ビジネス”に励んでいる者も珍しくない。ロシア軍の軍事的プレゼンスは限定的となっても、敵か味方かという区別以前に、紛争そのものが経済的にも構造化してしまっている、その意味で日常化してしまっているところに、チェチェンの人々が置かれたやりきれない惨状がある。

 ミラーナ・テルローヴァ(橘明美訳)『廃墟の上でダンス──チェチェンの戦火を生き抜いた少女』(ポプラ社、2008年)は、ロシア軍の襲来で廃墟と化したチェチェンを抜け出し、フランスでジャーナリズムを学んでいる女性の手記。サラッと読み物風の筆致でも、そこにつづられている彼女の見たこと、聞いたことの重みはひしと感じる。

 チェチェンの首都グローズヌイではロシア軍による封鎖は日常茶飯事。彼女の通っていたグローズヌイ大学がいつものように包囲され、たまたま外に締め出されて門前で様子を見ていたときのこと。中に閉じ込められた娘が喘息持ちとのことで発作の薬を持ってきたある母親がロシア兵に「入れてください! そうしないと娘が死んでしまう!」と泣き叫ぶ。その若い兵士は「命令なんです、すみません、お助けしたいんですが、ぼくにはどうにもなりません」と弱々しく答える。ロシア軍の若年兵は二者択一を迫られてしまう。良心を押し殺して精神的に戦場と一体化するか、さもなくば、上官からリンチを受けるか。チェチェンの人々が被っている惨状と同時に、彼ら末端の兵隊たちにも逃げ道がない。

 ハッサン・バイエフ(天野隆司訳)『誓い──チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語』(アスペクト、2004年)は、紛争下、“ヒポクラテスの誓い”に忠実に、チェチェン人かロシア人かを問わずあらゆる負傷者の救護に尽力したチェチェン人医師の自伝。そうした彼の態度は、ロシア軍からはチェチェン過激派への幇助、チェチェンの武装勢力からはロシア人を助ける裏切り者とみなされ、彼は結局、アメリカに亡命せざるを得なくなってしまう。

 チェチェンの人々には来訪者は必ず歓待するという風習があり、ロシア軍の脱走兵をチェチェン人がかくまうというケースも結構あったらしい。バイエフの家にも三人の脱走兵が来た。かくまわれている間、彼らがチェチェンの風習に何とか合わせようと努力する姿が微笑ましい。チェチェン側にはモスクワの「ロシア兵士の母親の委員会」と何らかのコンタクトがあるようで、ここを通じてロシア兵の実家と連絡を取る。そして母親自身に息子を迎えに来てもらう。第一次紛争の時点では、女性が来る分にはまだ怪しまれなかったらしい。昨年末、アレクサンドル・ソクーロフ監督「チェチェンへ アレクサンドラの旅」を観たのだが(まだ感想メモをアップしてませんが)、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ演ずる老女がグロズヌイの基地へやって来るという筋立てには、この辺りの事情も意識されているのだろうか。

 第二次世界大戦中、チェチェン人・イングーシ人が対独協力の容疑でカザフスタンやシベリアへ強制移住させられた過去について、テルローヴァもバイエフも祖父母や両親から話を聞いており手記に書き留めている。この世代には、憎しみという次元はもはや通り過ぎ、チェチェン人である以上、差別されることに慣れなければならないという諦めがあったようだ。他方、子供や孫の世代はソ連=ロシアの体制に馴染んでおり(チェチェン語にはロシア語の語彙がだいぶ混じっており、サウジアラビアに行ったバイエフが、ヨルダン出身のチェチェン人と出会い、彼らが純粋なチェチェン語を保持していることに驚くエピソードが象徴的だ。ロシアの圧迫を逃れたチェチェン人は多数ヨルダンに移住している)、ロシア人の友達だっている。ロシア軍の横暴への憤りと同時に、板ばさみになってしまう苦悩もある。

 チェチェンの過激派武装勢力の自分勝手な乱暴は一般のチェチェン人からも反感を買っている。他方で、ロシア連邦軍やFSB(ロシア連邦保安局)に勤務するチェチェン人でも、ロシア側の内部にいるからこそチェチェン人を助けることができるという信念を密かに持ち続けている人もいる。バイエフを逃すのに一役買ってくれたFSBのチェチェン人大佐は、その後、何者かによって夫妻ともども殺されてしまったという。彼はそうした重みも抱えながら生きていく。

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