最近のロシア、チェチェン問題がらみの本
今月に入って読んだロシアがらみの本。2006年に暗殺されたアンナ・ポリトコフスカヤ(鍛原多惠子訳)『ロシアン・ダイアリー 暗殺された女性記者の取材手帳』(NHK出版、2007年)、同(三浦みどり訳)『チェチェン やめられない戦争』(NHK出版、2004年)はこちらで触れた。
やはり同年に暗殺された元FSB将校アレクサンドル・リトヴィネンコについては、歴史学者ユーリー・フェリシチンスキーとの共著『ロシア 闇の戦争──プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く』(光文社、2007年)、彼の妻マリーナ・リトヴィネンコと亡命学者アレックス・ゴールドファーブとの共著『リトビネンコ暗殺』(早川書房、2007年)の2冊。国民のプーチン政権に対する求心力を高めることを目的としてチェチェン戦争は仕掛けられ、その正当化のためモスクワ劇場占拠事件やベスランの小学校占拠事件は秘密警察によって仕組まれていたとポリトコフスカヤもリトヴィネンコも主張していた。ロンドンに亡命したリトヴィネンコが、やはり亡命中のチェチェン人指導者ザカーエフと親交を深め、チェチェンの人々への贖罪の気持ちのあまり晩年にはイスラムに改宗していたというのが興味深い。そのことで葬儀の際、遺族ともめたらしいが。
ポリトコフスカヤの著作にはプーチン批判の口調に若干ヒステリックな感じがあるし、リトヴィネンコ関連書では自画自賛的なところも否めない。ジャーナリストのスティーヴ・レヴィン(中井川玲子・櫻井英里子・三宅敦子訳)『ザ・プーチン 戦慄の闇──スパイと暗殺に導かれる新生ロシアの迷宮』(阪急コミュニケーションズ、2009年)はもう少し第三者的な立場から、この二人も含めて暗殺の横行するロシアの政治体制の問題点をレポートする。
中村逸郎『ロシアはどこに行くのか──タンデム型デモクラシーの限界』(講談社現代新書、2008年)は、警察の腐敗、選挙の買収など横行しつつもロシア国民が諦めきって政権に黙従している日常光景の描写が目を引く。タンデムとは二頭立て馬車。リベラル派という印象から欧米に割合と受けの良いメドヴェージェフ大統領を看板にして、実権を握るプーチン首相。しかし、レヴィン書・中村書とも、将来的にこの二人の間に権力闘争が生じる可能性を排除しない。メドヴェージェフなんて若僧はただの操り人形に過ぎないじゃないかと言われるが、プーチンだってエリツィンによって引き立てられた時点では似たような立場だった、と。たとえ二人に信頼関係があったとしても、プーチンに連なるシロビキとメドヴェージェフ周辺の人脈とでは明らかに温度差があるという。
チェチェン問題がらみでは、チェチェン人自身による手記として、ミラーナ・テルローヴァ(橘明美訳)『廃墟の上でダンス──チェチェンの戦火を生き抜いた少女』(ポプラ社、2008年)、ハッサン・バイエフ(天野隆司訳)『誓い──チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語』(アスペクト、2004年)の2冊についてこちらで触れた。チェチェン問題の背景を知るには、林克明・大富亮『チェチェンで何が起こっているのか』(高文研、2004年)、植田樹『チェチェン大戦争の真実 イスラムのターバンと剣』(日新報道、2004年)、横村出『チェチェンの呪縛 紛争の淵源を読み解く』(岩波書店、2005年)がある。常岡浩介『ロシア 語られない戦争──チェチェンゲリラ従軍記』(アスキー新書、2008年)はチェチェン人たちと信頼関係を築き、彼らへの敬意を惜しまない一方で、FSBの息のかかった者も紛れ込んでいる様子が実体験を以てリアルに描かれているのが目を引く。著者はリトヴィネンコとも親交があり、彼へのインタビューが巻末資料として掲載されている。チェチェン問題についてはロシアの秘密警察が仕組んだ戦争という点でポリトコフスカヤ、リトヴィネンコとも命を懸けて取り組んでいた。
チェチェン情勢関連のメモを整理しておこうと思っていたが、時間がないので、以上、文献紹介まで。
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