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2009年1月 8日 (木)

バルトークのこと

 手もとにショルティ指揮、シカゴ交響楽団によるバルトーク「管弦楽のための協奏曲」「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の二曲が収録されたCDがあって、時折聴く。劇的な抑揚が盛り上がりを見せる絢爛とした厚みのある響きが好き。バルトークが民謡採集に力を入れていたということを知ってから聴いてみると、小刻みに激しい弦楽のリズムやツィンバロムを思わせる金属音が何となくジプシー音楽っぽい感じもする。ただし、リストによって定式化されたハンガリー音楽=ジプシー音楽というイメージをめぐってはだいぶ議論があったらしい。

 バルトーク(Bartók Béla、1881~1945年)といえば二十世紀現代音楽のメジャーな一人だが、伊東信宏『バルトーク──民謡を「発見」した辺境の作曲家』(中公新書、1997年)はサブタイトルの通り、彼の民俗学者としての姿に焦点を合わせる。録音機器が未発達の時代、蝋管に刻み込む形式の大型の機械を抱えて農村に入り込んだ。出会った農婦に民謡を歌ってくださいと頼んでも、事情が分からない彼女たちからは胡散臭がられて「あんたたち、何しに来たの?」と押し問答を繰り返すのものどかというか、ユーモラスだ。彼の関心はあくまでも採集→分類にあって、議論としてはそれほど洗練されたものでもなかったらしい。

 19世紀以来、ヨーロッパの中小民族の間では自分たちのアイデンティティーを求める動きが高まっており、文学、芸術、学術(とりわけ言語学と民俗学)の各面でそれは顕著であった。1867年のアウスグライヒによってハプスブルク家との同君連合として再編されたハンガリー王国においても事情は同様であり、若きバルトークは音楽という観点から“ハンガリー的”なものの探究に関心を向ける。自民族とは異なる西欧音楽という語法によりつつも、そこを通して“ハンガリー的”なものを表現しようということ、民俗学的な探究も併用されたこと、こうしたあたり、日本とも同時代的なところを感じさせる。

 第一次世界大戦の敗戦によるオーストリア=ハンガリー二重帝国の解体以前において、ハンガリー王国の領域にはトランシルヴァニア(ルーマニア)やスロヴァキアなど異民族も内包されており、バルトークの民謡採集はこうした民族も含めて広きにわたっていた。

 “民族性の核”の探究は19~20世紀のいわば流行現象だったとも言えるが、そこには様々な逆説がからみつく。バルトーク自身も素朴なナショナリストであったが、彼を批判した国粋主義者にとって“ハンガリー的”なものの“核”そのものを論じることは一種のタブーだったらしい。“民族性の核”は言語化不能で曖昧なものであるからこそ、あらゆる意味に拡張できる恣意的な操作概念となり得る。これに対してバルトークは、民謡の採集・分類を通してハンガリー的な音楽要素を抽出することで、むしろ“ハンガリー的”なものを客体化、国粋主義的な呪縛から解放されたという伊東書の指摘が興味深い。採集→抽出された旋律は他民族の音楽と並置可能となり、音楽面における民族共存を彼は目指したのだという。

 民謡採集という点では、バルトークと一緒に活動したコダーイ(Kodály Zoltán、1882~1967年)を忘れるわけにはいかない。ただし、多民族志向のバルトークに対して、コダーイはあくまでもハンガリーにこだわった点が違うようだ。私は今まで知らなかったのだが、コダーイは作曲家としてだけでなく、日本では合唱教育という点でも有名らしい。横井雅子『ハンガリー音楽の魅力──リスト・バルトーク・コダーイ』(東洋書店、2006年)によると、彼は従来のドイツ的な器楽中心の音楽教育ではなく、自分自身の耳と声を鍛える全人的なところに主眼を置いたという。音楽は特別な演奏者だけのものではなく、みんなのものという理念が彼にはあり、歌いやすいもの、耳にしっくりと馴染むものを求めて民謡採集を行なった。西欧音楽をそのまま移入しても、翻訳調のものはどこか不自然な違和感が残るからだ。

 西欧的な語法を使わざるを得ない状況の中で、同時に自分たちの感性に馴染むもの=“民族的なもの”の探究へと向った点で、東欧(ロシアも含めて)と日本とに同時代的な志向性がうかがわれるところに私は興味がひかれている。

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