« 2008年9月28日 - 2008年10月4日 | トップページ | 2008年10月12日 - 2008年10月18日 »

2008年10月5日 - 2008年10月11日

2008年10月11日 (土)

普通に日記+写真集など立ち見のこと

 さてさて株価大暴落。通勤途中に某証券会社の株式情報ディスプレイがあって、そこはニュース映像でよく映し出される所なのだが、今週は連日テレビカメラがスタンバってました。株式運用になぞまるっきり縁のない私でも否応なく緊迫感が感じ取られてしまいます。ガセも含めて色々キナくさい噂もとびかってますが、いかがなものなのでしょう?

 とは言いつつ、そんな世間を尻目に、この連休はお引越しです。とりあえず梱包作業の目途がついたので、一休みがてらここに書き込んでいる次第。ただ、手元に本が何もないので(全部ダンボールの中)、今週、書店の美術書コーナーで立ち見したことなど。

 廃墟が好き。放置され、なりゆくままに乱雑に崩れかかった様には作り物にはない哀感が漂っていて、ひきつけられます。小林哲朗 『廃墟ディスカバリー 』(アスペクト、2008年)、HEBU『廃墟/工場』(インフォレスト、2008年)、いずれも良いですねえ。ローカル鉄道の無人駅を撮り集めた牛山隆信・栗原景『秘境駅』(メディアファクトリー、2008年)も事実上、廃墟みたいなもんでいい味だしてます。

 私は何事によらず“裏”というのに結構興味があって、たとえば普段でも、旅行先でも、好んで裏道に入り込みます。キレイに飾り立てた表通りよりも、生々しいものにむしろ落ち着きが感じられるというか。その点で、佐藤信太郎『非常階段東京』(青幻舎、2008年)はなかなか良い。ビルの裏側にある非常階段から見える風景を撮り集めた写真集。他人様のビルに勝手に入り込むわけにはいかないですから、そういう見てみたくても普段見ることのできないアングルを代って映し出してくれています。繁華街のネオンが、表通りから見るよりも実に美しい。

 やなぎみわ『Fairly Tale 老少女綺譚』(青幻舎、2007年)。ゴシック・ロマン風のつくりで中をめくると、シワクチャ婆さんのメイキャップをした少女が登場。実写なので、大友克洋『AKIRA』よりも生々しい。そんな醜怪な老少女を、美少女がいたぶってます。むう、欲しい…と思ったが、造本に凝っているので価格設定は高め。断念。

 ヤン・シュヴァンクマイエルの手になる絵本『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』(エスクアイアマガジンジャパン、2006年)もあった。シュヴァンクマイエルでアリス…、これも見たい!と思ったが、がっちりビニール包装されていた。買えってことだが、懐がさびしいもので…。去年開催されたシュヴァンクマイエル展の図録が横に積まれていたのでこちらをパラパラめくる。アルチンボルドを意識した変な人物像とか、白眼をむいた人形とか、まあなんとグロテスクなことよ。このタッチでアリスというのはますます見たくなってきます。

 佐内正史の初期作品をリプリントした『Trouble in Mind』(マッチアンドカンパニー、2008年)が並べられていたが、それよりも私が気になってしまうのは、『a girl like you 君になりたい。』(マガジンハウス、2005年)。いま活躍中の美少女モデルや女優を撮り集めた写真集だが、ずっと面陳され続けている。かなりのロングセラーだ。表1に宮崎あおい、表4に蒼井優という取り合わせの時点で本来の私なら(どんな私だ?)とっくに買っていてもおかしくないのだが、なぜか躊躇している。

 ロングセラーといえば、『石田徹也遺作集』(求龍堂、2006年)もいつも面陳されている。奥付を確認すると、すでに8刷。この手の画集では異例ではないか。私も去年、日曜美術館で紹介されているのを見てすぐに買った。キッチュな人物像、しかしその無表情に、何か痛々しい感情を絵に書き写すことで透明なものに昇華させようとしているようなもがきというか、そんなものが感じられて、時々見入ってしまう。このブログでいつかコメントしようと思っていたのですが、なかなか言葉になりません。それから、松井冬子の画集も相変わらず目立つところで面陳され続けていますな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月10日 (金)

ウイグル問題についてメモ(5)

 ウイグル人医師アニワル・トフティさんが今年の8月、広島での原爆慰霊式典参列のため来日された。その折に東京で行なわれた講演の要旨「核実験の後遺症を告発した医師が語るウイグル・原爆被害の「真相」」が『明日への選択』10月号(日本政策研究センター発行)に掲載されている(「真シルクロード?」で知りました)。

 父親が幹部党員だったので漢人学校に入学したが、差別された経験。医師として病院に勤務し、父のすすめで入党願いを出したが、入党審査の時に急患が入り、患者を優先させたため、結局入党できなかったこと(人命よりも党を優先させよという共産党の体質がうかがえる)。ある人道上の問題に関わってしまった自責の念。そして、診察した患者たちの様子から、ロプノールでの核実験による深刻な健康被害に気付いたこと。1964年から1996年にかけて46回にわたって核実験が実施されていた。中国政府は核汚染はないという公式見解を崩さないため、ウイグル人・漢人を問わず、多くの人々が悲惨な状態に放置されたままだ。アニワル医師はイギリスの報道番組「シルクロードの死神」の取材に協力したため、結局、イギリスへ亡命せざるを得なくなってしまった。

 中国政府の圧力で調査すら許されていないため核被害の詳細はよく分からないのだが、高田純『中国の核実験──シルクロードで発生した地表核爆発災害』(医療科学社、2008年)は外部で入手可能なデータ(とりわけカザフスタンでの観測データ)を最大限に駆使して被害状況のシミュレーションを行なっている。同書によると、死亡人口は19万人、白血病やその他のガンの発生および胎児影響のリスクのある地域の人口は129万人と推定されている。残留放射能が将来にわたって地域住民に与える影響も懸念される。

 アニワル医師の講演の詳細は上記掲載誌(ただ、同誌には黄文雄とかも書いているのがちょっとなあ…)を参照のこと。また、水谷尚子『中国を追われたウイグル人』(文春新書、2007年→こちらの記事を参照)にもアニワル医師の話が採録されている(なお、今回のアニワル医師来日に際しての費用は水谷氏が個人で負担されたとうかがっています。本当に頭が下ります)。

 アニワル医師の講演会は私も聴きに行った。広島の原爆記念日の翌日、ちょうど北京オリンピック開幕式の前日というタイミング。この講演会については「原爆をめぐって」という記事名で当ブログにも書いた。スティーヴン・オカザキ監督のドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」を観た時に感じたことから説き起こし、核による悲劇の語り継ぎというテーマでアニワル医師の話につなげたのだが、一応構成上の計算はしていた。おそらく講演会後、中国の暴虐を許すな!みたいな悲憤慷慨調のネット記事が出回るだろうことは予想していたので、そういう論調とは区別をつけておきたかった。もちろん中国政府のやり口があまりにひどいのは確かなのだが、バッシングするだけでは建設的ではない。中国がどうのこうのというだけでなく、何よりも、核兵器の問題、人権の問題、多くの人々が関心を持つべきもっと普遍的な問題なんだという点を強調しておきたかった。日本が“唯一の被爆国”であることを標榜しているならばなおさらのこと(ウイグルの問題を考えると実際には違うわけだが)、右派・保守派の対中強硬論よりも、左派・進歩派の人道論こそがもっとウイグル問題に注目すべきだし、やはりNGOやとりわけ医療関係者など実務のできる人々に関心を寄せてもらうようにしなければならない。その点で、左右の政治対立図式など百害あって一利なし。

 左右の不毛な政治図式という点では、ネット世論(輿論ではなく)上の妙ちくりんなナショナリズムへの違和感について以前に触れたことがある(→ウイグル問題についてメモ②を参照のこと)。ウイグルやチベットの問題→中国バッシング→ああ、右翼の人たちね、という偏見を実は私自身持っていた。こうしたバイアスがかかってしまうと、一般世論の共有認識とはなりづらいし、政治的に中立の立場から人道問題として取り組もうとする人たちをかえって遠ざけてしまいかねない。これじゃあ、まずい。

 ウイグルをめぐる問題としては、まず、漢人への同化圧力によってウイグル人の民族的・文化的アイデンティティが奪われつつある点が挙げられる。漢語教育や新疆ウイグル自治区への漢人入植者の増加などの政策として進められている問題のほか、近年は、国家レベルでの市場統合→共通語としての漢語に習熟していないと社会的動向から取り残されてしまう、という経済面での同化圧力も強まっている。言語的な不利や漢人からの差別意識によってウイグル人が社会的底辺に追い込まれてしまっている問題についてはブレイン・カルトマン『龍の踵の下で』(→こちらの記事を参照のこと)が社会学的な研究を行なっている。

 そうした不満は、当然ながら政府への反抗意識として表面化するが、公安による弾圧は過酷を極めている(前掲水谷書を参照されたい)。9・11以後、イスラームに対する偏見も相俟って(チベット問題ほど世界的な同情を集まらない理由はこの辺りにあるのだろうか)、“テロとの戦い”という大義名分がウイグル人弾圧を正当化する口実として使われている。中国・ロシア・中央アジア諸国の加盟する上海協力機構は、経済協力ばかりでなく、ウイグルの民族運動抑え込みの装置としての役割も担っている。

 中国における民族問題としては、毛里和子『周縁からの中国──民族問題と国家』(東京大学出版会、1998年→記事参照)、王柯『多民族国家 中国』(岩波新書、2005年→記事参照)、加々美光行『中国の民族問題──危機の本質』(岩波現代文庫、2008年→記事参照)などでウイグルの問題も取り上げられている。なお、王柯書は漢人側の視点があまりにも強すぎる感もあるが、彼らの内在的なロジックが整理されている点では有益であろう(『東トルキスタン共和国研究』東京大学出版会、1995年も貴重な研究である)。

 ウイグル情勢の背景を概略的に知りたい場合には、新免康「新疆ウイグルと中国政治」(『アジア研究』49-1、2003年1月)がネット上で読める(→こちら)。ウイグル研究の権威である同氏の論考は大きな図書館にでも行かないとなかなか読めないが、板垣雄三編『「対テロ戦争」とイスラム世界』(岩波新書、2002年)所収の「新疆ウイグルと中国の将来」が短いが取り合えず入手しやすい。社会的・文化的背景も含めて多面的に知りたいならば、、『アジア遊学』No.1「特集 越境する新疆・ウイグル(新免康・編)」(勉誠出版、1992年2月)と『アジ研ワールド・トレンド』第112号「特集 ウイグル人の現在─中国と中央アジアの間で」(日本貿易振興機構アジア経済研究所研究支援部、2005年1月)に良質な論考が揃っており、取っ掛かりとしておすすめだ(→ウイグル問題についてメモ①を参照のこと)。生活風習等については岩崎雅美編『中国・シルクロードの女性と生活』(東方出版、2004年)、同編『ウイグル女性の家族と生活』(東方出版、2006年)がカラー写真入りで読みやすい。ウイグルをめぐる最新情勢については水谷尚子「胡錦濤が最も恐れるウイグル人、激白す」(『諸君!』10月号)、同「ウイグルの襲撃事件はテロか──民族運動を知らない日本人の知的怠慢」(『Voice』10月号)が事情通ならではの的確な分析を示している(→ウイグル問題についてメモ④を参照のこと)。また、初めに紹介したサイト「真シルクロード?」はウイグル関連の最新情報を常時更新し続けており、こちらにはられたリンクからも様々な情報にアクセスすることができる。 

 ところで、私はウイグル関係のことに特に関わりを持っているわけではない。もともと、中学生の頃からシルクロード、とりわけ中央アジア史に興味を持ってはいた(→具体的にはこちらの記事を参照のこと)。ただ、その後、政治思想史の方に関心が移ってしまい、中央アジア史関連のことにはしばらくご無沙汰していた。

 去年、たまたま書店で水谷尚子『中国を追われたウイグル人』を見かけ、「そういえば、むかし憧れていたトルキスタンはいまどんな状況なのだろう?」という軽い気持ちで手に取った。学生の時分からロプノールで核実験が行なわれていることは知っていて「そうか、楼蘭には行けないんだな」と漠然と思っていたし、その後も新聞報道等で反政府勢力摘発といった記事を見かけてはいた。しかし、中国政府による人権弾圧がこれほどまでに過酷であるとは思いもよらなかったので驚いた。かつて抱いていた牧歌的なイリュージョンはたちまち消えた。それがウイグルの問題に改めて関心を持つようになったきっかけである。そうした個人的思い入れも含めて、今月、同書がアジア太平洋賞特別賞を受賞したことにはある種の感慨深さを感じている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

キルケゴール『現代の批判』

キルケゴール(桝田啓三郎訳)『現代の批判』(岩波文庫、1981年)

 キルケゴールをダシに使いながら、相変わらずどうでもいい雑談に堕していますので、あしからず。

「現代は本質的に分別の時代、反省の時代、情熱のない時代であり、束の間の感激にぱっと燃えあがっても、やがて小賢しく無感動の状態におさまってしまうといった時代である。」(23ページ)

 分別、反省、といえば聞こえはいいけれど、要するに、現代は知ったかぶりの小賢しい奴らが騒ぎまわっている時代だって言っているわけです。

「原理とは、この語の表わすとおり、最初のもの、すなわち、実体的なものであり、感情や感激がまだ形をなして顕現するにいたらない状態にあるイデーであって、このイデーがその内部にひそむ推進力によって個人を駆り立てるのである。情熱のない者はこのような原理を欠いている。情熱のない者にとっては、原理はなにか外的なものとなり、そのために彼はひとつのこともすればまた他のこともし、またその反対のことまでもすることになる。情熱のない人の生活は、原理の自己顕現、自己展開ではない。むしろ彼の内的生活は、なんとなくせわしなく、たえず途上にあり、「原理のために」なにかをなそうと追いかけている。こういう意味の原理は、公衆と同じような、なにか巨大なもの、なにか抽象的なものになってしまう。」(95~96ページ)

 “原理”といっても、いわゆる“原理主義”とは全く意味内容が異なるのでご注意を。訳語の問題で理解しづらいけれども、要するに、自分自身を否応なく駆り立てていく何か。そのために自分は存在しているとしか言いようのない何か。情熱といっても政治的情熱、芸術的情熱、人それぞれに様々だろうが、一生をかけて向き合っていくしかない何か。

 飛躍的な脱線かもしれないが、吉田松陰の「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」なんて言葉を何となく連想している。私は、実は吉田松陰という人が好きだ。ただし、国家のため、民族のため、みたいな表層的な政治的直接行動主義というレベルでは捉えたくない。内面的な確信があるときに、言葉よりも先に体が動いてしまう、やむをえない心情。そうした松陰的なメンタリティーは、たとえば仮に社会主義・無政府主義というロジックを取れば幸徳秋水にもなるだろう。政治思想の表面としての論理的整合性を整理することはもちろん前提作業として必要ではあるが、そこに目を奪われてしまっていては思想史の基本は見失われてしまうと思う。

 彼らに言いっぱなしはない。陽明学思想には(近代日本においては日蓮主義も)テロリズムに走ってはた迷惑な奴らが多いが、その行動は非難されるべきも、少なくとも自分が命を落とす代償を覚悟している点ではひたむきであり、それを全否定するつもりにはなれない(この点では安岡正篤って奴はウサンくさい)。ただし、知行合一というのも、自身の内なる確信をギリギリまで見つめていく、従って自己認識=行動というところに陽明学は学問的意義を求めているわけで、自己顕示のための行動・言動という雑念はすでに振り払われていることが本来は前提となる(松陰は李卓吾の愛読者→陽明学、というコンテクストでご理解を)。

 “原理”→やむを得ないなにか、これが外在化したとき、どんなに威勢のいいことを言ったところで、所詮は自己顕示のための単なるポーズに過ぎない(いわゆる“ネット右翼”を念頭に置いています)。近代という時代に入り、人間が平準化されているという自覚を抱くようになったとき、それでも自分は特別な存在なのだと思いたがる妙なプライドが首をもたげる。いや、ボクは世の中の役に立っている、大義のために闘っている、だからボクは偉いんだ、そんなボクをみんな認めてよ、というまるでエヴァンゲリオンのシンジくん(笑)みたいな鬱屈。そうした鬱屈のはけ口として威勢のいい発言もするが、所詮、自身の内的必然によってきたる言葉ではないから、中身はからっぽ。

「原理というやつも、途方もない怪物みたいなもので、ごくつまらない人間でさえ、ごくつまらない自分の行動にそいつを継ぎ足して、それで自分が無限に偉くなったつもりでいばっていられるといったようなものである。平々凡々たる、とるに足りない人間が「原理のために」いきなり英雄になる。」(96ページ)

 小賢しくなって、もっともらしいことをさんざ喋喋しつつ、結局はただの言いっぱなし。それでも、自分は何かをやっている、特別な存在なんだという自意識だけは満足させようとする。自分自身の向き合わざるを得ない何かひたむきなものの具体的な発露として振舞いなり言葉なりが出てきているのではない、その意味で、すべてが抽象的。そうした抽象的人間の集合体としてキルケゴールは“公衆”という表現を使う。現代風に言えば“大衆”か。

「公衆は、ひとつの国民でも、ひとつの世代でも、ひとつの同時代でも、ひとつの共同体でも、ひとつの社会でも、この特定の人々でもない。これらはすべて、具体的なものであってこそ、その本来の姿で存在するのだからである。まったく、公衆に属する人はだれ一人、それらのものとほんとうのかかわりをもってはいない。…このような人たちから、すなわち、彼らがなにものでもないような瞬間における諸個人から成り立っている公衆というやつは、なにかある奇怪なもの、すべての人であってなんぴとでもない抽象的な荒野であり真空帯なのだ。…公衆は一切であって無である。あらゆる勢力のうちで最も危険なもの、そして最も無意味なものである。公衆の名において全国民に語りかけることはできる。けれども、その公衆は、どんなつならぬたった一人の現実の人間よりも、より少ないものなのだ。公衆という規定は反省の奇術である。この奇術にかかると、個人個人はだれでもこの怪物が自分のものになったような気がするので、のぼせあがってしまい、現実の具体的な世界などは比べものにならぬほど貧相に見えてくる。…ますます多くの個人が気のぬけたような無感動のゆえに、無になろうと努めることだろう、──それも、公衆に、参与者が第三者になるという滑稽な仕方でできているこの抽象的な全体に、なろうがためなのだ。自分自身ではなにひとつ理解せず、また自分自身ではなにひとつする気もない、この無精な群集、この立見席の観衆は、そこで、気晴らしを求めて、世間の人のすることはみなおしゃべりの種になるためにおこなわれるのだ、という空想にふける。」(77~80ページ)

 こうしてキルケゴールの実存哲学は、二十世紀における大衆社会批判へと継承されていくわけです。で、そういうてめえのタカピーな態度がムカつく、ってつっこまれたら私もぐうの音も出ないわけで、すべて自戒をこめていると付言しておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

『トゥイーの日記』

ダン・トゥイー・チャム(高橋和泉訳)『トゥイーの日記』(経済界、2008年)

 ヴェトナム戦争で志願して戦地に赴いた女性医師が遺した日記。

 彼女はまだ20代の半ば。しかし、医師として酷い死を毎日のように目の当たりにし、共産党員として現場の指揮もとらねばならない。気丈に振舞っていたのだと思う。同時に、少女としての繊細な感受性からつづられる日記には、アンバランスな戸惑いが垣間見える。忠誠を誓っているはずの党への違和感もある。男性への、同志としての友情、尊敬、愛情のないまぜになった複雑な気持ち。いつ死ぬか分からない中で自分はどうすべきなのか、という人生上の煩悶。身近な人々が次々と死んでいく中、彼女の問いかけは、それだけ端的に、純粋なものにならざるを得ない。読んでいてハッとする言葉もある。ただ、ここに引き写すと陳腐になってしまう、しかし、彼女の置かれた状況を考えると読みながら身につまされてしまう、そんな箇所にもたびたび出会う。恥ずかしながら、結構涙腺がゆるんでいた〔追記:酒を呑みながら読んで書き込んでいたので、だいぶ感傷的になってますな(苦笑)〕。

 アメリカ軍による爆撃が激しくなってきたため診療所は撤退するのだが、彼女は身動きの取れない重症患者と共に残った。日記の最後の日付から二日後、彼女は死ぬ。額を銃弾で撃ち抜かれていた。120人ものアメリカ兵を前にして、たった1人で立ち向かったのだという。

 ある情報部勤務のアメリカ兵がこの日記を読み、それこそ彼女に“恋”をして保管していたために日の目を見ることができた。私には戦場の過酷さなど想像も及ばないが、彼自身にも言葉を置き換えて読むと思い当たるところが感じられたのかもしれない。この日記には侵略者としてのアメリカに対する憎しみもつづられている。しかし、敵であるアメリカ兵もこの日記を読んで共感を示したという、この事実そのものにもまた心がうたれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月28日 - 2008年10月4日 | トップページ | 2008年10月12日 - 2008年10月18日 »