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2008年7月13日 - 2008年7月19日

2008年7月19日 (土)

リチャード・セネット『不安な経済/漂流する個人──新しい資本主義の労働・消費文化』

リチャード・セネット(森田典正訳)『不安な経済/漂流する個人──新しい資本主義の労働・消費文化』(大月書店、2008年)

 人は、何らかの形で意味的一貫性の中に自分自身を位置づけることで、たとえば仕事上のストレスにも耐え、納得して物事に処していくことができる。そこには、他者にとって重要な貢献をしているという自己確認的な側面があるだろうし、あるいは、その仕事そのものに自分を超えた価値を認めること、本書で言う職人技=クラフトマンシップも重要である。「“正しい”や“正確な”という語が、うまくなされたという意味になるためには、みずからの欲望を超えた、また、他者からの報酬に影響されない客観的標準が共有されていなければならない。何も手に入らずとも、何ごとかを正しくおこなうことが真の職人精神なのである。私欲を超えたこうしたコミットメントほど──私はそう信じるのだが──人々を感情的に高揚させるものはない。それがなければ、人間は生存するための闘争だけに終始することになるだろう」(本書、198ページ)。

 マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で分析されている欲望充足の先送りによる禁欲的な労働倫理と官僚制モデルで示されたヒエラルキー構造、この二つの要素で特徴づけられた“鉄の檻”──これをソリッド=堅固な近代とするなら、現在進行形の社会状況をジグムント・バウマンはリキッド・モダニティ(液状的な近代)と呼んだ(バウマン『リキッド・モダニティ』大月書店、2001年)。檻から解放されたのは必ずしも悪いことではないかもしれない。しかし、刻々と変化する状況に対応した“柔軟な”組織構造の中で、人は職業的なアイデンティティーを見失い、ある種の不安や強迫観念に駆られていく、そこに本書の問題意識がある。

 最先端の“柔軟な”組織では“職人技”は必要とされない。ある課題を目的として時間をかけた人材育成は無用と考えられ(いわゆる“即戦力”志向の問題点については、玄田有史『働く過剰』(NTT出版、2005年)を参照のこと)、課題ごとに入れ代わるパートナーの誰とでも器用に協調しながらその場その場で問題解決をしていくヒューマン・スキルが重視される(協調性というヒューマン・スキル、感情労働の問題については、たとえば渋谷望『魂の労働──ネオリベラリズムの権力論』(青土社、2003年)を参照のこと)。変化しつつある状況にとにかく合わせることが最優先、その場しのぎの自転車操業的なワークスタイルが主流となり、一つ一つの仕事を丁寧に完成させていく“職人技”はかえって邪魔者扱いされてしまう。こうした状況の中、実現の難しさにためらいつつもそれでも本書は“職人技”の復権に期待をかける。方向性としては、“専門性”教育という具体的提言をしている本田由紀『多元化する「能力」と日本社会──ハイパーメリトクラシー化のなかで』(NTT出版、2005年)の問題意識とつながってくるだろう。ただし、こうした問題は、状況認識はできても、具体的な処方箋となると難しいのが悩みどころだ。

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2008年7月17日 (木)

吉川卓郎『イスラーム政治と国民国家──エジプト・ヨルダンにおけるムスリム同胞団の戦略』

吉川卓郎『イスラーム政治と国民国家──エジプト・ヨルダンにおけるムスリム同胞団の戦略』(ナカニシヤ出版、2007年)

 第一次世界大戦後、民族自決を求める世界的動向の中で、エジプトは1922年に独立、民族主義的なワフド党が政権の座についたものの、イギリスの圧力に翻弄されていた。近代主義的なワフド党に対し、イスラームの理念に基づいて反植民地主義的思想を主張したハサン・アル=バンナーがムスリム同胞団を設立、その後、各地に支部が設けられて中東各国に広がった。以上、マイナーな話と思うかもしれませんが、一応、受験世界史レベルの知識です。

 本書はエジプト・ヨルダンそれぞれにおけるムスリム同胞団が、①選挙等においてどのような政治過程をたどったか、②湾岸戦争に際してどのような反応を示したか、以上の比較分析を通してイスラーム主義運動の一側面を明らかにしようとする。その際、イスラーム主義運動を、文化的・伝統拘束的な前近代性として考えるのではなく、むしろ近代化の産物として把握するアプローチをとる。

 エジプトのムスリム同胞団は政府から公認されず弾圧されてきたものの、無所属という形で多くの国会議員を当選させている。それは第一に社会奉仕活動の実績が人々から評価されているということもあるが、第二に、政権側がさらに過激な勢力へ人々の支持が集まらないよう代替的な受け皿とみなしているという背景もある。他方、ヨルダンのムスリム同胞団は当初より王家と親しい関係を築いてきたが、政治上の野心はない。エジプト・ヨルダン双方のムスリム同胞団とも、倫理・教育・福祉分野には熱心であっても、外交や経済など国家的方針については漠然とした理念しか示せないことも指摘されている。

 湾岸戦争に際してのエジプト・ムスリム同胞団の論説が分析されているが、イスラーム的な理念をはいでしまえば、基本的に世俗的左派とあまり変わらない主張であったという。ヨルダン・ムスリム同胞団の場合、イスラーム主義は本来、イラク・バース党のアラブ社会主義とは相容れないにもかかわらず、ヨルダン国内の親イラク世論に合わせる形でフセイン大統領支持の方向で主張を変えている。

 イスラーム主義といえば、宗教至上的な主張によって近代化による不満を抱いた人々の支持を集め、国境を越えて広がる性質があり、その先駆的存在がムスリム同胞団だという印象を私などは持っていた。ところが本書におけるムスリム同胞団の分析によると、①国境で区切られた政治領域内での合法性を求める傾向があり、その意味で国際性よりも地域性が強いこと、②そうした政治環境に適応していく現実性・柔軟性も持っている、その意味で宗教至上性だけで彼らの運動を理解するわけにはいかないこと、以上の点が示されているのが興味深い。

 もちろん、本書はあくまでも事例分析で、これだけでイスラーム主義運動の一般的性格をつかめるとは言えない。しかし、この思想運動の多様性を大雑把に断定してしまう傾向も見受けられる中、一面的なイメージ理解をしてしまうのではなく、個別に見ていくなら視点の切り替えが必要なことを痛感させられた。

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2008年7月14日 (月)

奥野信太郎『中国文学十二話』

奥野信太郎『中国文学十二話』(NHKブックス、1968年)

 学生の頃に読んで以来、久方ぶりに手に取った。何だかなつかしい。もともとラジオ講座での語りをまとめたという経緯もあるが、随筆の名手として知られた奥野だけに、軽妙洒脱な語り口にたちまち引き込まれる。学説史的にゴテゴテ修飾した類いの概説書ではなく、中国文学の面白さ、文章の美しさ、そのあくまでも奥野自身の味わい方を流れるように語りつくすところが魅力的だ。刊行から四十年も経つが、今読んでも色褪せないと思う。

 詩経・楚辞から四大奇書・紅楼夢のあたりまでを語る。司馬遷の史記を評して、たとえば項羽を取り上げ、栄華の極みから転落に至る様を描き出す筆致はサディズムの文学だと言うのがちょっと面白い。六朝時代、遊仙思想がはやったが、不老長寿で現世を味わいつくしたいという願望を秘めている点で、有限の中に無限を求める老荘思想とは違うこと。唐代小説は“短編小説”なんて言われるが、確かに分量としては短いけれども、内容的には長編小説に発展できるだけのいわば筋書きと考えるべきこと。『聊斎志異』は怪異の世界と人間の現実世界とが二重写しになっており、その交錯するところに魅力があること。勘所のおさえ方に興味が尽きない。

 『南柯太守伝』とか『聊斎志異』とか出てくるたびに、小学生の頃、こういった中国伝奇小説を読みやすく日本語訳された本が好きで繰り返し図書館で借りて読んでいたのを思い出した。本の体裁は漠然と思い出せるのだが、どこから出ていた本だったか。もう一度読んでみたいな。

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毛里和子『周縁からの中国──民族問題と国家』

毛里和子『周縁からの中国──民族問題と国家』(東京大学出版会、1998年)

 もともと中華民国は領土不可分のナショナリズムをスローガンとしていた。中国共産党は一時期、ソ連の民族政策の影響を受けたこと、抗日戦争で少数民族の協力を取り付ける必要があったことなどから連邦制の構想も持っていたようだが、中華人民共和国の成立後は“区域自治”を基本方針とし、各民族の分離権を容認しかねない連邦制は否定した。自治権を認めつつも、領域的政治統合が目指された。

 現代中国には漢民族以外に五十五の少数民族がいるとされるが、国家主導の“民族識別工作”を通してこれらの少数民族が認知されてきた経緯を紹介、民族は上から作られたとする論点に興味を持った。民族平等が基本原則だが、モンゴル・ウイグル・チベットなど独自の文化・歴史を持つ民族も数千人レベルのエスニック・グループも、漢民族ではないという点で同列に扱われることになり、その意味では個別の事情は無視されている。“民族識別工作”で大きな役割を果した文化人類学者の費孝通は、非漢民族を民族として認知した上で、その上位概念として多元一体の有機体である“中華民族”を想定していたという。

 中国政府はモンゴル・新疆・チベットの民族運動の分離傾向が国際政治における圧力カードとして使われることを警戒している。ただし、一言で民族問題といっても事情は様々だ。反右派闘争、大躍進政策、そして文化大革命など中央での政治路線の変化に各民族は常に翻弄されてきたし、中央主導の政治・経済統合によって引き起こされた文化上・生活習慣上の摩擦は現在でも大きな社会問題となっている。宗教上の問題、新疆での反核の訴え、政治的権利・人権の問題など、様々な不満がくすぶっている。こうした不満から生じる異議申し立てを、それがたとえ独立運動ではなくても、“民族分離主義”という一律のレッテル貼りをして政治弾圧を加えている側面がある。

 香港が一国二制度となり、さらに台湾、チベット、新疆の事情を踏まえ、天安門事件で亡命した政治学者・厳家其が示した、外交と軍事だけは中央が握り後は広範な自治を認めるというゆるやかな国家連合的連邦制のアイデアが紹介されている。現段階では極めて難しいにしても興味深い。

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2008年7月13日 (日)

森まり子『シオニズムとアラブ──ジャボティンスキーとイスラエル右派 一八八○~二○○五年』

森まり子『シオニズムとアラブ──ジャボティンスキーとイスラエル右派 一八八○~二○○五年』(講談社選書メチエ、2008年)

 十九世紀の末、ユダヤ人の民族的郷土の確保を目指してテオドール・ヘルツルの立ち上げたシオニズム運動には労働運動との結びつきも強かった。これを本書の主人公ジャボティンスキーは、シオニズムの究極目標であるユダヤ人国家の至上性を曖昧にしてしまうと批判。主流派であった社会主義シオニズムとは違うという意味で彼の立場は修正主義と呼ばれた。どのような社会にするかというイデオロギー的“混合物”が入ってしまうのを警戒し、何よりもまず“国家”という枠組みの形成を最優先させようという意図が彼にはあった。

 パレスチナという土地をめぐりシオニズム運動とパレスチナ・アラブ人との衝突が不可避である以上、軍事的手段を使わざるを得ない。アラブ人との共存を拒否するわけではない。ただし、彼らとの対決を通して、ユダヤ人の存在を認めさせた上で、あくまでもユダヤ人国家内部におけるマイノリティーとして彼らアラブ人の市民的権利を保障するというのがジャボティンスキーの考え方であった。こうした彼の思想が、その後のベギン、シャミル、シャロン、ネタニヤフなどリクードの右派政治家たちにどのように継承され、どこに違いがあるのかを本書は検討していく。

 ジャボティンスキーには少なくとも理念的には理性や交渉に基づく“開かれたナショナリズム”を求めようとしていた形跡もあったらしく、それが民族の至上性や対アラブ問題の武力的解決という強硬論と彼自身の中にあっては危ういバランスをとっていたという。しかし、彼の修正主義シオニズムがベギンたちへ継承されるにあたり、強硬論への単純化が避けられなかった。社会主義シオニズム運動には入植活動の道義性への葛藤があったが、それとは対照的にベギンの単純思考には、アラブ人との人間的な接触の欠如という問題があったとも指摘される。

 イスラエルのともすると過剰とも言える強硬な鎮圧活動を見るにつけ、私などは常々首肯しがたいものを感じている。そうしたイスラエル国家自身の内在的ロジックを把握できるという点で本書は有益である。

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藤原帰一『戦争を記憶する──広島・ホロコーストと現在』

藤原帰一『戦争を記憶する──広島・ホロコーストと現在』(講談社現代新書、2001年)

 去年の夏、広島で原爆にまつわる場所を歩いて回った(→「広島に行ってきた」①の記事を参照のこと)。たまたま出会った大学生から原爆についての意識調査のアンケートに協力して欲しいと頼まれた。最後に憲法改正の問題、憲法第九条の問題についての質問項目が設けられていたので、戸惑った。余計なことだったかもしれないが、不自然だと指摘した。原爆の問題と一般論としての平和の問題が結びつくのは当たり前でどうしてそこに疑問を持つのか?と言いたげな彼の不思議そうな表情が印象に残っている。

 本書ではまず、広島の平和記念資料館とワシントンのホロコースト博物館とが比較される。このような惨禍を絶対に繰り返してはいけないという趣旨では両方とも共通するが、その位置づけ方は対照的だ。広島は戦後日本社会において、どんな理由があっても戦争はいけないという絶対平和主義のシンボルとなった。他方、ホロコースト博物館のメッセージは、民族絶滅という絶対悪を目の当たりにしたとき、我々は傍観してはならず、立ち上がって戦わねばならない、ということになる。また周知のように、日本との戦争を終わらせるためには原爆投下も正当化できるというスミソニアン博物館問題で露わとなった歴史観もアメリカには根強くある。

 戦争観はそれぞれの国の置かれた歴史的コンテクストに応じて違ってくる。戦後日本社会においてはしばらくの間、戦争一般を否定する絶対平和主義が行き渡り、安全保障政策や国際貢献をめぐる論争の対立軸となった。他方、ホロコーストを目の当たりにした欧米の場合、そうした絶対悪の抑止・制裁のためにこそ武力行使も必要だという議論が左翼・右翼を問わず成り立つ。たとえば、ハーバーマスがコソボ問題をめぐってユーゴ空爆を支持したことは知られているし、アメリカのリベラル左派・人権派の中には国益目的ではなくあくまでも人道目的からイラク戦争を支持した人々=“リベラル・ホーク”がいた(→マイケル・イグナティエフ『軽い帝国』の記事を参照のこと)。

 国益追求のための戦争は国家主権に含まれる、従って政治手段として肯定されるという立場を国際政治学ではリアリズムと呼ぶ。これに対して、戦争を絶対悪とみなす立場は二つあると本書は整理している。一つが反戦思想。戦後日本の進歩派のように、戦争自体が絶対悪なのだから手段としても認められないという立場。もう一つが正戦思想。侵略戦争やジェノサイドのような絶対悪を防ぐためには武力行使もやむなしという立場(例えば、邦訳が刊行されたばかりのマイケル・ウォルツァー『戦争を論ずる──正戦のモラル・リアリティ』風行社、2008年、を参照のこと)。

 戦争をめぐる記憶が「国民の歴史」として語られ、「われわれ」意識=国民意識の形成につながっていくことについての本書の分析も興味深い。

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