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2008年7月6日 - 2008年7月12日

2008年7月11日 (金)

ポール・A・コーエン『知の帝国主義──オリエンタリズムと中国像』

ポール・A・コーエン(佐藤慎一訳)『知の帝国主義──オリエンタリズムと中国像』(平凡社、1988年)

 我々は自身の生まれ育った社会的・文化的環境の中でものの考え方をつくり上げてきたわけで、その是非はともかく、何らかの形での思考上のバイアスは避けられない。学問的探求という客観性の装いの下、学者自身が自明のものとして疑わない枠組みを通して対象を把握しようとしたとき、彼と相手との間に一定の政治的関係性がある場合、その認識という営み自体が、バイアスによって両者の関係性を固定化させてしまい、その意味で権力的な作用を帯びてしまう。西洋対東洋という枠組みにおいて、西洋の優越性を基準に東洋イメージが作り上げられてしまった状況を批判的に検討したエドワード・サイード『オリエンタリズム』は有名だが、本書はその中国バージョンと言える。

 本書はアメリカにおける中国近現代史研究の大きな流れをレビュー、その中に西洋中心的な視座が根深くあることをあぶりだす。具体的には次の通り。中国社会は停滞しており、外圧がなければ変化はあり得なかったとする「西洋の衝撃‐中国の反応」アプローチ。西洋的近代を基準として中国社会の進歩の度合いを測ろうとする「伝統‐近代」アプローチ。ヴェトナム戦争によるアメリカの自信喪失によって以上二つの史観は揺らいだ。しかし、かわって登場した「帝国主義」アプローチにしても、西洋自身の抱える問題点を批判する姿勢を示した点で前二者とは異なるが、価値的な判断を逆転させただけで、見取り図そのものは変わらない。

 本書は結論として中国自身に即したアプローチを説く。本書が刊行されてから20年以上の年月が経っており、ここで論じられているテーマは何らかの形で学問研究に携わっている人ならばすでに常識になっているはずだ。

 ただし、自身のものの見方にどのようなバイアスがかかっているのか、それを見極めるのはなかなかもって難しい。バイアス、とは言っても、何らかの問題意識がないと対象を把握しようという切実な動機がわかないわけだし、その問題意識に駆り立てられているという状態自体が一定のバイアスを醸し出している。視点の枠組みがなければ、意味連関のない“事実”がゴロゴロ転がっているだけで、逆に歴史を把握することができなくなる。自分の頭にあるバイアスを常に自覚し、それを崩すような刺激を投げかけながら“史実”に向き合っていく、その不断のインタラクションを繰り返すしかないのだろうな。まあ、当たり前のことなんだけど。

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2008年7月10日 (木)

王柯『多民族国家 中国』

王柯『多民族国家 中国』(岩波新書、2005年)

 本書から読み取れる論点は次の通りだろうか。

①“中華文化”においては先天的な身体特徴ではなく、後天的な文化様式をもとに人間共同体を考える。“礼”の獲得もしくは喪失によって文明と野蛮の転換もあり得る、つまり夷狄であっても“華”になれるというダイナミズムにこそ、“中華文化”が周囲の異民族を次々と引き込んできた魅力がある。従って、現在もウイグルやチベットなど一部の例外を除けば、ほとんどの少数民族は敢えて独立しようという気持ちはない。

②西洋列強が清を脅かす19世紀後半から、主に漢人の革命派の間に“一民族一国家”という国民国家(nation state)の観念が入ってきた。満洲人という異民族によって漢人が支配されていることの不当性を攻撃、中国=漢民族の国という漢民族ナショナリズムが盛り上がった。ただし、辛亥革命によって中華民国が成立すると、多民族状況という現実を目の前にして中華国家=漢民族単一民族国家という考え方は通用しない。そこで、五族協和(漢・満・蒙・回・蔵)というスローガンが打ち出される。それでも、これは五族の合意があった上での話である。モンゴル・ウイグル・チベットの独立を求める動きを受けて、中華民国という枠組みが崩れるのを恐れた孫文は“中華民族”への融合を主張。事実上、“中華民族”=漢民族であり、他民族の同化を意味してしまう。こうしたかつての中華民国の漢民族単一民族国家志向に対し、中華人民共和国は少数民族の存在にも配慮している。

③新疆に対する帝政ロシア・ソ連の干渉、チベットに対するイギリス・アメリカの支援など、歴史的に少数民族の独立運動が大国政治の中で利用され中国分断の危機にさらされてきた経緯があり、国際的な圧力のカードとして使われかねないという懸念を現在でも中国は抱いている。

 中国の民族問題においては、少数民族と漢民族との格差をなくすことが課題であり、ウイグルにしてもチベットにしても経済水準がめざましく向上したので一般的には独立運動は支持されていないと本書は言う。しかし、言論の自由が保障されていない中国社会にあって果たして額面通りに受け止められるだろうか。また、経済開発を進めるにしても、ビジネスツールとして漢語が圧倒的であること、少数民族居住地域への漢族の移住者が増加していることなどを考え合わせると、実質的には同化政策で民族問題の解決を図っているのではないか、少数民族保護といっても所詮建前に過ぎないのではないか、そうした疑いは消えない。東トルキスタン独立運動やチベット問題についても政治弾圧を肯定するスタンスになっているのが気にかかる。

 第一に中国の民族問題について一つの視点からであっても概観できること、第二に漢民族側の内在的なロジックが整理されていること、以上の点では本書は有益である。

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2008年7月 7日 (月)

「ぐるりのこと。」

「ぐるりのこと。」

 何となく一緒になって子供ができ、結婚したカナオ(リリー・フランキー)と翔子(木村多江)の二人。頼りなさそうで収入の不安定なカナオに対し、翔子の家族が向ける視線は厳しい。美大の先輩の口利きでカナオは法廷画家の仕事を始める。何とか生活も軌道に乗りそうな矢先、生まれた子供がすぐに死んでしまった。生真面目な性格の翔子は自分を責め、精神を病んでしまう。

 木村多江のやつれた表情がどこかなまめかしくも美しい。リリー・フランキーは役作りというよりも、下ネタがさり気なく出てくるところも含めて本人そのままの自然な感じ。カナオには、何とかしなきゃ!というようなこわばった力みかえりはない。あきらめというのではなく、ただそっと見守り、受け入れていくしかないし、それが自分の役目だと達観しているかのようだ。そうしたやさしい脱力感がリリー・フランキーの飄々とした雰囲気にうまくかみ合っている。なかなか良いと思う。

 法廷画家という仕事の場面で、1990年代を騒がせた様々な事件が出てくる。裁判シーンそのものにはあまり意味はない。いわば時代を刻む時計とでも言おうか、それだけ二人の過ごしてきた時間の厚みを感じさせてくれる。

 橋口監督自身の鬱病体験が反映されているらしい。なお、梨木香歩のエッセー集『ぐるりのこと』とは関係ない。

【データ】
監督・脚本:橋口亮輔
出演:木村多江、リリー・フランキー、寺島進、倍賞美津子、柄本明、寺田農、他
2008年/140分
(2008年7月6日、渋谷、シネマライズにて)

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2008年7月 6日 (日)

平野聡『大清帝国と中華の混迷』

平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)

 私などにしてもそうだが、中国史を通観しようとするとき、殷周から現代に至るまでを一本の直線として把握してしまうような教科書的な理解が癖となってしまっている。だが、現在、大雑把に“中国”と言われている範囲にはチベット、モンゴル、ウイグルなど漢民族文明とは異質な民族も含み込まれている。それは清代の版図を中華民国が継承したと主張しているからだが、両者の性格の違いを無視してこの主張を額面通りに受け入れてしまうことには問題がある。

 “華夷の別”にナーバスにこだわる儒学的統治原理において、いわゆる“中華”と“夷狄”とを同じ範囲に括ってしまうことなど本来あり得ないことだった。ただし、満洲人という“夷狄”による支配が既成事実化した清朝において状況は変わってくる。清は一方では科挙官僚を採用し、その意味で儒学的な統治原理を自らの支配を正当化するのに利用している。他方で清の皇帝は、チベット人やモンゴル人に対してはチベット仏教の保護者として、トルコ系ムスリムに対してはイスラム教の保護者としての顔を見せた。

 例えば、朝鮮の朝貢使節として北京に来訪した朴趾源が乾隆帝からチベット仏教のパンチェン・ラマに拝礼せよと言われて憤慨したエピソードが本書で紹介されている。朱子学的原理主義の立場から内心では清への軽侮の気持ちを秘め、チベットなど夷狄に過ぎないと軽蔑する朴たちの思惑と、「礼の方法は〈教〉の違いによって複数ある」という多元性を許容する乾隆帝の発想との食い違いがうかがえる。

 見方を変えれば、清の版図において漢人、チベット人、モンゴル人、ウイグル人等々が並立し、その上に皇帝が立つという多元的な帝国モデルとして整理できるのかもしれない。この点では、同時代のハプスブルク帝国(→「ハプスブルク帝国について」の記事を参照のこと)やオスマン帝国との比較の可能性すら感じさせる。

 19世紀、高まる外圧の中でこうした清の多元性は大きく変容していく。“中華”文明の恩恵に浴した国々が儒学的な礼に則って朝貢関係を求め、“中華”を頂点として一定のヒエラルキーを形成するのが従来の東アジアにおける国際関係だった。しかし、西洋列強の出現、もともと朝貢関係の希薄だった日本の近代化により、主権国家の対等を基本原理とする近代国際法のロジックが東アジアに持ち込まれた。それは当然ながら儒学的な国際秩序のロジックと真っ向からぶつかる。具体的には、日本による台湾出兵→琉球処分、清仏戦争の敗北によるヴェトナムへの宗主権の喪失といった事態が相次ぎ、清自身が近代国際法による秩序へ適応することが迫られた。

 こうした中、曾国藩の息子で外交官として活躍した曾紀沢の議論が本書で紹介されている。清は当初、朝鮮・琉球など儒学的ロジックによって朝貢する国に対しては礼部が対応し、儒学的ロジックにはよらないモンゴル・チベット・新疆など藩部については理藩院が管轄して大臣を派遣していた。いずれも基本的には自主的な政治運営を認めていた点では変わらない。しかし、清を真ん中に置いて同心円状に広がる東アジア独特な国際システムにおいて、どこまでが独立国でどこまでが属国なのかという判断基準は曖昧だったし、そもそもそうした画然とした線引きをしようという発想自体がなかった。自主的な政治運営=近代的主権国家という西洋列強や日本からのロジックを無制限に受け入れてしまうと、清は瓦解してしまう。そこで、朝貢国に関しては各自の主権を認めるのはやむを得ないにしても、北京から大臣を派遣している藩部に関しては清の主権を主張して版図として維持していこう。こうした考え方によって、清は近代的領域主権国家へと転換する。

 イギリスはすでに清をChinaと呼んで外交交渉を行なっていた。間もなく大清帝国は崩壊するが、このようにして用意されたロジックを中華民国は踏襲する。そして、チベット・モンゴル・ウイグルも含めて“中国”の不可分な一部だというナショナリズムの旗印の下、近代的主権国家=国民国家として対内的な同質化が図られることになる。

 これは中華人民共和国になって大義名分は“社会主義”と変わっても基本的な路線は変わらず、同質化政策に残忍な暴力をも伴っていることは周知の通りである。

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「西の魔女が死んだ」

「西の魔女が死んだ」

 学校でいじめられ、不登校になってしまったマイ(高橋真悠)はおばあちゃんの家に預けられることになった。おばあちゃん(サチ・パーカー)はイギリス人。山の中の洋風の家はなかなか味わいのあるたたずまい。

 おばあちゃんは魔女だと聞いたマイは、自分も魔女になりたいと言う。「それには基礎訓練が必要ですよ、マイ。自分で決めたことを最後までやり遂げること。取りあえず、毎日のスケジュールを決めなさい。紙に書いて壁にはっておきましょう。」魔女の“見習い”修行が始まる。一つ一つが手づくりの生活がマイには新鮮で、表情に明るさが戻ってきた。

 おしゃべりな郵便屋さんの愚痴に耳を傾ける。隣に住むがさつなケンジさんがマイは大嫌いだったけど、ただ不器用なだけで悪意はなかったことを知る。そして何よりも、おばあちゃんの暖かく包み込んでくれる表情は本当に見ていてホッとする。ストーリーに取り立てて起伏があるわけではないが、一つ一つの触れ合いからマイが心を開いていく様子を見ていると、心地よい暖かさが胸にジンワリと広がってくる。

 私が梨木香歩さんの作品を読むようになったのはそう古いことではない。『家守綺譚』(新潮文庫、2006年)や『村田エフェンディ滞土録』(角川文庫、2007年)がきっかけで、それから『西の魔女が死んだ』(新潮文庫、2001年)も手に取った。ジャンルとしては児童文学とされるようだけど、大人になっても十分に気持ちを入れ込んでいける。と言うか、“児童文学”という括り方自体、意味ないし。

【データ】
監督:長崎俊一
原作:梨木香歩
出演:サチ・パーカー、高橋真悠、りょう、大森南朋、木村祐一、高橋克実
2008年/115分
(2008年7月5日、シネスイッチ銀座にて)

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