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2008年5月18日 - 2008年5月24日

2008年5月24日 (土)

ロバート・ゲスト『アフリカ 苦悩する大陸』

ロバート・ゲスト(伊藤真訳)『アフリカ 苦悩する大陸』(東洋経済新報社、2008年)

 アフリカの問題は日本にとって縁遠いせいか、学術的な文献はそれなりにあるにせよ、気軽に手に取れる本が意外と少ない。本書の著者はジャーナリスト。アフリカ各国を歩き回り、具体的なエピソードをふんだんに盛り込んだノンフィクションという形なので、現在のアフリカが抱える問題を知る上でとても読みやすい。

 色々な問題がある。たとえば、石油やダイヤモンド(いわゆる、ブラッド・ダイヤモンド)など天然資源の問題。政府軍も反乱軍もこの利権を狙う。いったん天然資源の利権を確保してしまえば、その金で兵士を養い、武器を買う。紛争が終わらない。

 また、エイズの問題。エイズに関する知識やコンドームの利用を普及させることが必要なのはもちろんだが、それは本質的な問題ではない。貧困にあえぐ中、生きてたってロクなことがないという捨て鉢な気持ちになってしまうと、刹那的な快楽に身を委ねようとするのを押しとどめる動機は働かない。

 あるいは、政治指導者の問題。現在、南アフリカではアフリカ民族会議(ANC)が政権を担当している。かつては反アパルトヘイト運動で全世界から称賛されてきたANCだが、アパルトヘイト廃止という目的が達せられ、いざ政権の座についてみると、今度は汚職や経済失政など統治体制のまずさに対してマスコミからバッシングを受ける。彼らは称賛されるのが当たり前と思っていたので、なぜ西側のマスコミは手のひらを返したような扱いをするのかと逆ギレしてしまう。白人の植民地主義を批判するアジテーション演説の得意な政治家がアフリカには多いが、それだけでは建設的な解決策は出てこない。

 事業を起こすにしても、投資するにしても、どんな手順を取ればこういう結果になるという一定の予測可能性が担保されていないと何の計画も立てられない。妙な独裁者が気まぐれで法律をちょいちょい捻じ曲げてしまうと、経済活動も停滞してしまう。登記制度によって所有権を確立させたり、取引を法的に保護したりという意外と基礎的な部分で法整備がなされていないことがアフリカ経済の大きな障碍となっている。あるいは、でこぼこ道や警察官への賄賂のせいで流通コストが膨大となり、結果として提供される商品の価格が上昇してしまうという問題も紹介されていた。

 逆に言えば、こうした問題を一つ一つクリアしていけば、将来の可能性も十分にあるということだ。たとえば、ウガンダでは、若年層への性教育をきっちりと行った結果、エイズ被害は減少傾向にあるという。制度的・人為的な問題が大きいのであれば、問題は山積しているにしても、悲観する必要はない。

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2008年5月19日 (月)

「ハンティング・パーティ」

「ハンティング・パーティ」

 2000年、内戦が一応終結(デイトン合意)してから5年が経つサラエボ。ニュース番組の収録で再訪したテレビ・カメラマンのダック(テレンス・ハワード)は、昔チームを組んでいた親友サイモン(リチャード・ギア)との再会に驚く。サイモンはかつて花形リポーターだったが、ボスニア紛争でのあまりに凄惨な光景を目の当たりにして頭がぶちギレてしまい、生放送のリポートで放送禁止用語を連発、解雇されていた過去がある。サイモンは言う、「とびっきりの特ダネがあるんだ、一緒にやらないか?」戦犯指名されているセルビア人指導者“フォックス”の居所が分かったのだという。コネ入社で頼りない新米プロデューサー(ジェシー・アイゼンバーグ)も加え、三人でセルビア人勢力支配地域へと車を走らせる。

 彼らが狙う最大の獲物、“フォックス”のモデルはラドヴァン・カラジッチである。彼は逮捕もされずいまだに逃亡中だ。国連も国際司法裁判所も、国家主権の枠組みに制約されて有効な強制力を持たない以上、残念ながらやむを得ない側面がある。スロボダン・ミロシェヴィッチはハーグの国際法廷で起訴されて公判中に病死したが、カラジッチと明暗を分けたのは政治力学的要因にかかっている。ミロシェヴィッチはその強権的な政治手法で墓穴を掘って失脚したが、それはセルビア民族主義の気運とはまた別問題であった。カラジッチを国連やCIAが取り逃がしたのは意図的だったとこの映画ではほのめかされる。サイモンたちの義憤は当然のことだ。しかしながら、他方で、もしカラジッチ逮捕を強行すれば、セルビア人勢力が態度を硬化させ、ガラス細工のようにもろい停戦合意があっという間に崩れたであろうことにも留意せねばならない。

 もう一つ気にかかったのは、セルビア人を悪玉とする善悪二元論的なトーンが色濃いことだ。この映画に登場するセルビア人は“フォックス”を熱烈に信奉する狂信者ばかりのように描かれている。ホロコーストを思わせるように、有刺鉄線の向こうにやせ細ったモスレム人収容者が立っている映像も映し出される。ところが、高木徹『戦争広告代理店』(→参照)が明らかにしているように、こうしたイメージはボスニア政府の依頼によって広告代理店が作り出したものであった。実際にはセルビア人だけではなく、モスレム人、クロアチア人も含め三つ巴になって殺戮をやり合っていた。当然ながら、セルビア人の中にだってこのような悲劇を繰り返したくないと願っている人は大勢いる。

 セルビア人=悪玉という単純な図式では、互いの憎悪が負のスパイラルに陥ってしまった複雑さが無視されてしまう。このような政治的話題をテーマとして映画をつくるとき、立場によって見方が異なり、善悪では単純に割り切れない様々な要因が複雑に絡まりあっている多面性をいかに織り込むか、そこに脚本の工夫が問われてくる。実話に基づいているのは興味深いが、料理の仕方がまずい。

【データ】
原題:The Hunting Party
監督・脚本:リチャード・シェパード
2007年/アメリカ/103分
(2008年5月18日、新宿武蔵野館にて)

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