« 2008年3月2日 - 2008年3月8日 | トップページ | 2008年3月16日 - 2008年3月22日 »

2008年3月9日 - 2008年3月15日

2008年3月13日 (木)

伊藤千尋『反米大陸』

伊藤千尋『反米大陸』(集英社新書、2007年)

 20世紀初頭、セオドア・ローズヴェルト大統領の“棍棒政策”以来、ラテンアメリカ諸国はその勢力圏下に入り、“アメリカの裏庭”と呼ばれた。アメリカと結びついた特権階層に対する不満から下層階級は反米意識をたぎらせており、アルゼンチンのペロンのように民族主義という形を取るにせよ、キューバのカストロやチリのアジェンデのように社会主義という形を取るにせよ、いずれも反米大衆運動のヴァリエーションとして考えることができる。

 こうした趨勢が最近再び顕著となっている。筆頭格と言うべきベネズエラのチャべス大統領にはペロン的な民族社会主義の雰囲気がある。エクアドルのコレア大統領、ボリビアのモラレス大統領もチャべスと共同歩調を取る。老舗のキューバではカストロが引退したとはいえ権力は弟のラウルに継承された。ニカラグアではサンディニスタ民族解放戦線のオルテガ大統領が復活している。ブラジルのルラ大統領、アルゼンチンのキルチネル大統領、チリのバチェレ大統領、ペルーのガルシア大統領などはむしろ中道左派というべき穏健な立場だが反米意識では共通する。親米派はコロンビアくらいのものか。

 本書は中南米に広がる反米意識の波の歴史的背景を紹介してくれる。反政府ゲリラ支援、経済封鎖、クーデター支援、場合によっては軍事介入などアメリカはあらゆる手段を取って中南米諸国の政治に介入してきた。アメリカは自らの正義を誇張するとき「リメンバー○○」というスローガンを掲げるが、テキサス併合時の「アラモ砦を忘れるな」にしても、米西戦争時の「メイン号を忘れるな」にしても、立場が異なれば侵略の正当化に過ぎなかったという指摘が興味深い。「9・11を忘れるな」と言っても、チリにとってこの日はアメリカのテコ入れを受けたピノチェト将軍のクーデターによってアジェンデ政権が倒された日にあたるというのも皮肉なものだ。

 アメリカによるラテンアメリカ諸国への干渉のやり口が具体的に分かる点で本書は有益ではある。ただし、「アメリカはこんな悪いことをしてきた」という感じに並べ立てるだけ。これといった分析視角が見えてこないので、下手するとアメリカの陰謀という話で終わりかねない。これでは建設的な内容とは言いがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月12日 (水)

日本画家、松井冬子

 昼休みによく行く書店の美術書コーナーに寄ったら、平台に松井冬子という人の画集が積んであった。初めて見る名前だ。何気なく手に取ってみた。

 日本画である。第一印象、グロい。人物の皮膚の引き裂かれた様が痛々しい。

 幽霊画の暗くぼんやりとした感じが基本的なトーン。とは言っても色々とアレンジされていて、ルネサンス期の女性像を思わせる横顔も見えたりする。繊細で緻密な描写は日本画らしいが、そこには収まりきれない激しい情念の放つオーラが何とも言えない。気持ちをグイと荒々しくつかまれたように目が離せない。

 画集はさすがに値段がはるのでおいそれとは買えない。横に松井冬子特集が組まれた『美術手帖』2008年1月号も置いてあったので、こちらを購入。

 辻惟雄、松井みどりとの対談で語る松井冬子のコメントがまた一筋縄ではいかず、興味をかきたてられる。映画女優とかファッション・モデルとか言っても全然違和感がないくらいに相当な美人だ。しかし、孤高というか、どこか狂的なものがあって人を寄せつけない雰囲気も漂う。

 「この疾患を治癒させるために破壊する」(2004年)は、暗闇の中、千鳥が淵の水面に映った桜を詳密に描写。渦巻き的な構図に魅入られてそのままこちらも巻き込まれてしまいそうな不思議な感覚。

 「浄相の持続」(2004年)。花が咲き乱れる中、横たわった女性の切り裂かれた腹から子宮がむき出しになっている。最初にグロいと思ったのはこれだ。この女性は殺されたというのではなく、自ら腹を切り裂くという行為がまず頭に浮かんで描かれたそうだ。自傷行為には自己確認という意味もあり、それによって、自分は立派な子宮を持っているのを見せびらかす自己顕示にもつながるという。言われてみて改めて見直すと、確かに女性の表情は穏やかで、むしろ誇らしげですらある。

 痛みがあって、はじめて“私”なるものが捉えられる。創作的な動機もそこに芽生える。極めて私的な感情であっても、それが今という時代において切実なものであれば、他の人にも訴えかけるものがあるはずというスタンスを彼女は取っている。パッションをそのまま無責任に描き散らすのではなく、日本画の技術的制約があるからこそ、描きたい感情を表現できるという発言に説得力がある。

 松井が芸大に提出した博士論文「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」を寄稿者や対談者はみな絶賛しているのだが、私も読んでみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月11日 (火)

都市景観やら建築やら

 隈研吾・清野由美『新・都市論TOKYO』(集英社新書、2008年)は、変容しつつある東京を歩きながら語り合う。専門家としての隈の発言に対して清野が意外と食い下がるのが小気味よい。近年、東京でも大規模な再開発プロジェクトが立て続けにお目にかかる。産業構造の変化に伴って第二次産業が確保していた敷地が不要となったため、この広大な空地をどうにかしようという理由で再開発が行なわれたらしい(たとえば、新橋の操車場→汐留シオサイト)。二人が東京郊外の町田に注目しているのが面白い。私鉄(小田急線)の都市的にフィクショナルな空間の中、泥臭いJR(横浜線)が交差して、両者が混在しているところに都市としてのリアリティを感じるという。

 住環境としての景観の質が下っていると批判する議論を最近よく見かける。郊外の均質的な空間構成を“ファスト風土化”というネーミングで論点として浮上させたのは三浦展だ(『ファスト風土化する日本』洋泉社新書y、2004年)。経済学者の松原隆一郎は、たとえば電線によって視界が遮られて空も見えないなど、住環境としての都市の質が荒廃しているのは、経済発展のために産業化を優先させてきたせいだと論じている(『失われた景観』PHP新書、2002年)。私自身、こうした議論にシンパシーを感じている。

 その一方で、こうした議論に対して五十嵐太郎は、“美”という観点を押し付ける形で景観を規制しようという発想はおかしい、荒廃しているとか醜いとかいわれているところにも積極的な意味を見出せるのではないかと批判する(『美しい都市・醜い都市』中公新書ラクレ、2006年)。確かにそれもそうなんだよなあ。といわけで、私自身の意見は保留。押井守監督「イノセンス」をはじめ「攻殻機動隊」シリーズや岩井俊二監督「スワロウテイル」などに見られるゴタまぜ的な都市イメージを取り上げており、こういうのは私も好き。

 壮麗な建築物というのはやはり理屈抜きで人の眼を引きつける。で、それを実現できるのは特殊な権力を持った方々。井上章一『夢と魅惑の全体主義』(文春新書、2006年)はファシズムや共産主義の建築プロジェクトを、五十嵐太郎『新宗教と巨大建築』(ちくま学芸文庫、2007年)は宗教建築を取り上げる。両方とも正統な建築論では敢えて取り上げられてこなかったわけだが、建築の背景にある様々なものが見えてきて興味深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 9日 (日)

木村幹『民主化の韓国政治──朴正熙と野党政治家たち 1961~1979』

木村幹『民主化の韓国政治──朴正熙と野党政治家たち 1961~1979』(名古屋大学出版会、2008年)

 軍事クーデターによって政権を掌握した朴正熙が、その実質については疑問符がつけられるにしても曲がりなりにも民政移管を行なったのはなぜなのか。戦後においてはやはり“民主主義”への要請が国際世論として非常に強く、何よりも北朝鮮との対抗上、西側陣営に属する“民主主義”国家としての原則を崩すわけにはいかなかった。民主主義と民族主義──韓国政治において統治の正統性を支えるこの二本柱をめぐって朴正熙政権と野党勢力はどのように向き合ったのかを本書は検証する。

 知識人たちは朴正熙政権に対して意外と協力的だった。韓国人は民主主義体制をうまく運営できておらず、国民一人一人の近代化を進める、つまり民族改造をしなければならない──こうした主張において、実はクーデター勢力と知識人グループとでは考え方が一致していたからだ。この論点は日本統治期における李光洙や崔南善らの主張と重なるのも興味深い。ただし、クーデター勢力が居座りの姿勢を見せたことで“民主主義”という点での正統性は失墜する。

 大韓民国は、上海にあった亡命政権・大韓民国臨時政府や抗日運動との連続性という法的擬制によって正統性が担保されている。しかしながら、朴正熙政権は経済援助を受けるため植民地支配の責任追及を事実上放棄する形で日本との国交正常化交渉を始めた。条約反対の学生運動が盛り上がり、その中から朴政権退陣要求が急進化する。これは“民族主義”という点でも正統性を失うことにつながった。野党側も戒厳令には反対しつつ、日本との国交正常化は必要と考える穏健派も多かったため、朴政権の“敵失”に乗ずることができず混迷。もちろん学生に政権担当能力はない。朴政権は正統性を失いつつも維持された。

 韓国の紆余曲折した歴史の中、政治家としての利点・制約は世代によって特徴づけられる。第一世代(1975年以前の生まれ)は科挙の世代。李承晩はこの最末期にあたる。科挙が廃止されたものの近代的教育制度も未整備だった第二世代(1875~1895年頃の生まれ)及び大韓帝国末期から日本統治期初期の第三世代は教育を受ける機会が限られていたため、一部の富裕層が海外留学できるだけだった。第四世代は“文化統治”期にあたり、この頃には京城帝国大学を頂点として高等教育が拡充されていたため、近代的教育を受ける機会は格段に広がった。その分、日本統治システムに深く組み込まれることになり、対日協力という脛に傷ある意識を引きずってしまう。朴正熙が典型例だろう。第五世代(1925年以降生まれ)は成人期に社会的活動はしていないので“親日”という点ではセーフ。金大中・金泳三たちがここに属する。1940年代以降生まれが第六世代。学生運動の世代である。

 日本人の総撤退後、人材不足となったため、日本統治期に高等教育を受けた世代が実務家として枢要な地位を占めたが、李承晩という正統性が必要だった。朴正熙たちは彼らを“旧政治人”として批判してクーデター正当化のロジックとした。その後、金大中ら第五世代が世代交代を唱えたとき、やはり第四世代を“日本帝国主義との連関”という点で批判する。日本軍士官であった経歴が周知の朴とは違い、こちらには説得力があった。民主主義と民族主義という二つの正統性を背景にした彼らによって野党陣営も一挙に世代交代が進む。

 戦後韓国政治史の見取り図として筋の通ったストーリーが組まれているので読みごたえがあった。尹潽善、柳珍山、兪鎮午など野党政治家たちのプロフィールを通して日本統治期に育った世代の抱えざるを得なかった制約が描かれているのも興味深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月2日 - 2008年3月8日 | トップページ | 2008年3月16日 - 2008年3月22日 »