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2008年12月 4日 (木)

楊威理『ある台湾知識人の悲劇──中国と日本のはざまで 葉盛吉伝』『豚と対話ができたころ──文革から天安門事件へ』

楊威理『ある台湾知識人の悲劇──中国と日本のはざまで 葉盛吉伝』(岩波書店・同時代ライブラリー、1993年)

 葉盛吉は台湾出身、旧制二高、東京帝国大学医学部を経て、1945年の日本敗戦を機に台湾に戻るが、国民党の白色テロによって逮捕、1950年、処刑された。旧制高校時代からの友人であった著者が、彼の遺した日記をもとに、ある台湾知識青年の揺れる思索のあとをたどる。

 皇民化政策によって葉も当初は日本人になりきりたいという思いがあったようだが、東京に留学し、中国人留学生との出会いから中国人意識に目覚める(台湾出身の留学生は高円寺に多く住んでいたらしい。そういえば、侯孝賢監督「珈琲時光」で、主人公のフリーライターが台湾出身の音楽家・江文也の名残りを訪ね歩くシーンで高円寺が出てきた記憶があるのだが、そういう背景があるのか)。ただし、葉の心理的機微は複雑だ。彼は日本人であることと、台湾人=中国人であることとを両立できないかと自問する。真に台湾人であるためには“大東亜戦争”に協力すべきだとまで記しているが、これを現在の価値観から非難しても意味がない。戦時下、日本人たれと周囲からも内面的にも強迫観念に駆られ、それでもなりきれない自身のアイデンティティをいかに定位するのか、そうした真摯な精神的せめぎ合いをこそ汲み取るべきだろう。

 1946年4月になって彼は台湾に戻る。ようやく中国人として生きていけるようになったと思うのも束の間、国民党による腐敗した社会状況に愕然とする。彼は共産党に接近するが、理論ではなく、現実の問題から左傾したのだと著者は指摘する。いわゆる親日的な気分にしても、共産党へのシンパシーにしても、いずれも当時の国民党の腐敗・苛酷な政治弾圧への反発→国民党ではないものを求める感情という点で実は同じ根を持っていたことがうかがえる。

楊威理『豚と対話ができたころ──文革から天安門事件へ』(岩波書店・同時代ライブラリー、1994年)

 葉盛吉の評伝を書いた著者・楊威理自身の自伝。彼もやはり台湾出身で、二高で葉と出会って以来の親友だが、日本の敗戦後、楊は大陸へ渡り、謝雪紅たちの台湾民主自治同盟に参加する。彼らは、台湾は大陸から切り離されていた時期が長く、かつ社会的・経済的に大陸よりも先進的であるという特殊性を踏まえ(現在のアナロジーで言うと香港のような位置付けだ)、共産党の指導を前提としつつも、その枠内での台湾の高度な自治を求めていた。

 しかし、大陸に渡った台湾人にもまた苦難の道が待っていた。反右派闘争、そして文化大革命と続く中、楊の場合には、①日本への留学経験あり→日本のスパイ、②台湾出身→国民党のスパイ、③台湾民主自治同盟に参加→祖国分裂主義者(謝雪紅はすでに失脚)、④図書館長→走資派、と難癖をつけようと思えばいくらでも糾弾される材料はあった。そうした中、楊はそれなりに賢く立ち回って、一時は“革命幹部”ともなったようだが、人間関係としての上下も、政治的立場としての右左も頻々と逆転する文革の混乱の中、彼も労働改造に送られる。文革が終わって名誉回復はされたものの、今度は天安門事件。旧制高校時代の親友たちのネットワークで楊は中国を脱出して日本に落ち着く。本書には、文革中に槍玉に挙げられた他の台湾出身者のこともちらほら出てくる。台湾に残っても、大陸に行っても、いずれにしても政治の闇から逃れられなかった難しさ。

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コメント

これ、NHKのドキュメンタリーがあるのですよ。
たしか手元に録画ビデオがあったと思われます。
相当むかしのやつです。みたい?

投稿: Mセンセーより | 2008年12月 5日 (金) 03時38分

どうも、ご無沙汰してます。
「父から子への手紙」というタイトルのものですね。興味あります。さすがにユーチューブとかもなさそうです。今度、機会がありましたら、お貸し願えませんか?

投稿: トゥルバドゥール | 2008年12月 5日 (金) 10時11分

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