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2008年12月11日 (木)

小林秀雄「様々なる意匠」

 こないだ、川上未映子を読んでたら小林秀雄の名前が出てきて、そういえば池田のあっこちゃんも小林秀雄びいきだったなあと思い出して、全く別の関心でカール・マンハイム『保守主義的思考』を読んでたら、何やら頭ん中で化学反応おこして、小林秀雄「様々なる意匠」を不意に読みたくなった。それぞれのイデオロギーっていうか、ある思想枠組みの内在的連関や志向性を描写してみて、それを社会的事象との関わりの中で位置付けていく。そういう方法論としてマンハイムの知識社会学を理解したとして、小林秀雄の、マルクス主義やら芸術至上主義やら象徴主義やら何やらって当時の文壇を騒がせてた色んな“主義”を俎上に載せて、一つ一つの裏側意識を解剖していくやり方と何となく似てるなあって思った次第。何でこんな連想が働いたのかを強いて説明するとこういう次第ってだけで、別にマンハイムと小林の比較論をやろうとかアホなことは考えてません、あしからず。なお、以下の引用は小林秀雄『Xへの手紙・私小説論』(新潮文庫、1962年)から。

 言葉は第一にコミュニケーションの道具。しかし、多少なりとも頭を使ったことのある人なら、価値中立的な言葉なんてあり得ないこと、言葉そのものが自律的な運動性を持っていて、うかうかしていると我々の思考そのものが言葉によって引きずりまわされてしまっていることに気付いていることでしょう。人間は「その各自の内面論理を捨てて、言葉本来のすばらしい社会的実践性の海に投身して了った。人々はこの報酬として生き生きした社会関係を獲得したが、又、罰として、言葉はさまざまなる意匠として、彼等の法則をもって、彼等の魔術をもって人々を支配するに至ったのである。そこで言葉の魔術を行わんとする詩人は、先ず言葉の魔術の構造を自覚する事から始めるのである。」(103ページ)

 批評家は、この作家は~主義、あの人は~主義、って感じに、主義というフィルターを通して、意匠の組み合わせによって評価したがる。人は形を通してしか何かを表現し得ない。だから、それを一つのパターンに類型化して把握することもできる。でも、仮に特定の意匠を通して表現されたものであっても、それを表現しようとした人にとっては、その人だけにしか語れない何かを語ろうという葛藤がある。

「人は様々な可能性を抱いてこの世に生れて来る。彼は科学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、然し彼は彼以外のものにはなれなかった。これは驚く可き事実である。この事実を還元すれば、人は種々な真実を発見する事は出来るが、発見した真実をすべて所有する事は出来ない、或る人の大脳皮質には種々の真実が観念として棲息するであろうが、彼の全身を血球と共に循る真実は唯一つあるのみだという事である。雲が雨を作り雨が雲を作る様に、環境は人を作り人は環境を作る、かく言わば弁証法的に統一された事実に、世の所謂宿命の真の意味があるとすれば、血球と共に循る一真実とはその人の宿命の異名である。或る人の真の性格といい、芸術家の独創性といい又異ったものを指すのではないのである。この人間存在の厳然たる真実は、あらゆる最上芸術家は身を以って制作するという単純な強力な一理由によって、彼の作品に移入され、彼の作品の性格を拵えている。」(96ページ)

 意匠は一般化できる。パターン化して把握できる。商品として流通することもできる。しかし、一人の作者にとっては絶対に一般化され得ない何か。それはのっぴきならない、宿命的なものだ。そしてこれは、単に芸術家という特殊な人種のことというのではなく、誰しも一人ひとりが自分の抱える何かと向き合うとき、すべてそうだとしか言いようがない。

 先日、川上未映子『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(ヒヨコ舎、2006年)を読んで、随分と舞い上がった書き込みをしてしまったけど(→こちら)、読み返してちょっと気恥ずかしく感じつつも、それでもやっぱり「私はゴッホにゆうたりたい」ってあの詩がすごく好きなんですね。ゴッホという人がどんなにつらくても宿命的に絵を描かざるを得ない何か、そこに呼びかけていくやわらかい語り口にしみじみと感じ入ります。未映子嬢はこのあたりがよく分かってるんですね。この詩一つあるだけで、私は川上未映子びいきなのです。

 ゴッホについてはもう一つ、すごく好きな文章があります。岡本太郎です。『美の呪力』(新潮文庫、2004年)に収録された「夜──透明な渾沌」。未映子嬢にしても、太郎にしても、ゴッホの絵から感じ取るもの以上に、ゴッホという一人の人間が自分自身の宿命と向き合って、どうしようもなく絶望的なまでに生きようとした哀しさに誠実なものを見出している。そこに共感できるのです。

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