Philip H. Gordon and Omer Taspinar, Winning Turkey: How America, Europe, and Turkey Can Revive a Fading Partnership
Philip H. Gordon and Omer Taspinar, Winning Turkey: How America, Europe, and Turkey Can Revive a Fading Partnership(Brookings Institution Press, 2008)
トルコ共和国建国の父、ケマル・アタチュルクの考え方は三本柱から成り立っている。第一に、世俗主義。フランスにおけるライシテがモデルとなっており、イスラムはアンシャン・レジームの象徴として徹底的な政教分離が図られた。第二に、同化主義的なナショナリズム。言語、領土などアナトリア大の同質的な民族=国民が目指され(この点でもフランス的だ)、かつてのオスマン帝国を特徴付けていた多元性は否定された。マイノリティーへの同化政策→クルド人問題が生じていることは周知の通り。第三に、近代主義。第一次世界大戦における勝者としての西欧国民国家がアタチュルクの求めるモデルとなり、その後もEU加盟への熱望としても表われている。とりわけ軍部がこの近代化の推進役となったが、冷戦期、トルコは反共の砦として重視されたため、軍部の政治干渉は黙認されてきた。
イスラム政党とされる公正発展党(AKP)の位置付けに興味を持った。以上のケマリズム(Kemalism)に立つ世俗主義的な法曹界や軍部の干渉によって彼らは何度もつぶされかけたにもかかわらず、福祉党→美徳党→公正発展党と名称を変えながら勢力をのばして着実な政権担当能力を示し、2007年の総選挙でも現エルドアン政権は勝利した。彼らは一度、軍部によるクーデターで政権を追われたことから、世俗主義的なエスタブリッシュメントに対抗することの難しさを教訓として得ており、それ以降、宗教色はできるだけ抑えて具体的な政策による支持獲得を目指してきた。選挙で勝って政治的正統性を得るために広範な票を取り込まなければならないという思惑もあっただろう。出発は宗教政党であっても、現在は実質的に中道政党となっている。彼らは西欧を敵視などしていない。現政権もEU加盟を意識して人権問題の改善に努め、不十分ながらもクルド問題は従来に比べれば改善された。キプロス問題でも妥協、EU加盟の阻害要因であった仇敵・ギリシアとも関係改善が進んだ。
しかし、ヨーロッパ側の事情でEU加盟が難しそうな情勢にあること、またイラク戦争による中東情勢不安定化などから欧米に対する不信感がトルコ国内にくすぶっており、それはイスラム勢力ばかりでなく、世俗主義的な軍部に顕著なようだ。イラク戦争に際してアメリカ軍のトルコ進駐を求められた際、イスラム政党の現政権側が対米関係を意識して渋々ながらも支持を求めたのに対して、本来は親米派であった世俗主義勢力が反対したという逆転現象が興味深い。
世俗主義勢力は、欧米がイスラム穏健派やクルド人問題に対して甘いという不満を強く抱いているらしい。もし現AKP政権に対するクーデターがおこったら、権威主義的な軍部は西欧との関係を絶って、ロシア、中国、イラン、シリア、中央アジア諸国などの権威主義的政権との関係緊密化に動くのではないかという懸念を本書は示す。クルド問題、キプロス問題、アルメニアとの歴史的和解などトルコの果たすべき課題はたくさんあるが、何よりもそれらの解決の前提条件として、民主主義の原則が後退しないよう欧米は働きかける必要があるとされる。
私などは中東情勢についてまったくの素人なので、トルコでイスラム政党が政権獲得→いわゆる“イスラム原理主義”の動向の表われかなどと勘繰り、これに対して世俗主義勢力→近代化→民主主義勢力という一面的な把握をしてしまいかねないところがあった。本書によると、実際には、選挙のダイナミズムによってAKPは穏健化・中道化しており、逆に世俗主義勢力の方がかえって権威主義化の危険があるという逆転現象がおこっている。知らない世界について、たとえば“イスラム原理主義”というような流行語に結びつけて分かったつもりになってしまうことがあるが、対外関係を考えるときには安易に一般論に還元してしまわず、個別の内在的事情をきちんと理解する必要があることを改めて痛感した。
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