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2008年11月24日 (月)

何義麟『二・二八事件──「台湾人」形成のエスノポリティクス』

何義麟『二・二八事件──「台湾人」形成のエスノポリティクス』(東京大学出版会、2003年)

 二・二八事件といえば、知っている人なら侯孝賢の映画「悲情城市」を思い浮かべるだろう(→こちらの記事を参照のこと)。本書はもちろんこの国民党政権による武力弾圧事件の経過を史料に基づき詳細にたどっているのだが、問題意識はそこにとどまらない。エスニシティは状況によって可変的なのか、それとも原初的に固定されているのか?という問いを踏まえ、日本統治時代から事件後の国民党独裁体制までを視野に入れながら、上からの強圧的な国民統合の論理と下からの自治要求との衝突から“台湾人”意識が芽生えてきた、その最大のターニングポイントとして二・二八事件を位置づける。

 日本の植民地支配下、台湾の人々は従属的な立場に置かれて政治参加は許されなかった。差別的地位にあるという共通体験から“台湾人”意識が芽生え、台湾文化協会→台湾民衆党による台湾議会設置運動をはじめとした抗日民族運動が展開された。しかし、彼らの政治意識の高さは、日本の敗戦→国民党の台湾回収という大転換の中で幻滅を味わうことになってしまう。

 台湾人側は日本という支配者が去ってようやく高度な自治が実現できると期待していたし、日本統治時代、限定的ではあったが地方自治選挙を多少なりとも経験していた。対して国民党側は、孫文の思想に示された「軍政→訓政→憲政」という三段階モデルにおける訓政=国民党一党独裁を前提としていたばかりか、台湾人は日本による“奴隷化”教育を受けてきたとして祖国=中国への忠誠心に疑いを抱いていた。両者の思惑に相違があった上に、台湾省主席として乗り込んできた陳儀による統治のまずさ(具体的には官吏・軍人の汚職、台湾土着エリートの政治参加を排除、標準中国語の押し付けなど拙速な文化政策、食糧危機、伝染病の流行等々)が重なった。台湾人は祖国復帰への期待が大きかっただけにかえって国民党支配への反感が高まり、言語的な意思疎通の難しさも相俟って、彼ら“外省人”に対して自分たちを“台湾人”と考えるエスニックな自覚が形成された。言い換えると、不平等な権力関係のまま“上からの国民統合”=祖国化(中国化)を進める国民党の存在は台湾人にとってかつての支配者・日本と変わらず、台湾人の「脱植民地化」要求が国民党による「再植民地化」と対立するという構図を生み出してしまった。

 こうした火種がくすぶる中で二・二八事件が起こり、いわゆる“省籍矛盾”が決定的となってしまう。台湾に上陸した国民党軍の精鋭部隊や特務機関は台湾人エリート層を次々と逮捕・処刑し、抗日民族運動の流れを汲む台湾土着の政治勢力はほぼ抹消された。生き残った人々のうち、ある者は国民党の統治体制に形式的に組み込まれ、ある者は海外に亡命した。日本・アメリカへの亡命者は台湾独立志向が強く、大陸へ逃れた者は国民党批判→共産党体制下における高度な自治を目指した。

 日本の敗戦から二・二八事件の前後までの時期、様々な考えを持って行動した人々の人脈関係を本書は丹念に拾い上げており、大陸帰りの祖国派台湾人の動きのほか、とりわけ自治要求を行なった台湾土着の政治勢力に1920年代以来の抗日民族運動との系譜的一貫性のあることが明らかにされているところが興味深い。

 本書は二・二八事件を中心とした政治過程の分析を通して、エスニシティそのものが政治対立を生じさせたのではなく、むしろ政治的コンテクストの中で日本人でも外省人でもない台湾人としてのエスニックな自覚が形成されたことを示している。その意味で台湾におけるエスニシティは可変的であったと言える。

 先日、陳水扁前総統が逮捕された。自らを政治弾圧で殉難する十字架上の英雄に擬するパフォーマンスが見られ、特に南部の独立派本省人の間では同情→外省人への反感という感情的しこりもあるらしい。素人考えだが、陳水扁の最大の功績は政権交代を実現させたこと、そして総統という最高権力者だった人でも法の例外ではありえないと身を以て示したこと、この二つの点で民主化の成果を(皮肉まじりではあるが)示し得たことだと私などは思っているのだが。立法院・総統選挙を前に政権腐敗で支持率が低下する中、彼はなりふり構わず族群対立を煽った。そうした選挙戦術は、暗黙のうちにエスニシティの本質主義的固定化、政治利用の可能性を含意してしまうおそれがあったし、そのしこりはこの逮捕劇からも窺われる。こうした火種が今でもくすぶっていることを考えると、現在進行形の台湾政治を考えるとき本書の示している視座を踏まえておく必要があるだろう。

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