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2008年11月16日 (日)

奥中康人『国家と音楽──伊澤修二がめざした日本近代』、山東功『唱歌と国語──明治近代化の装置』

 伊澤修二がらみで掲題書2冊がほぼ同時に書店に並んでいたので取りあえず買ってあったのだが、例によって“積ん読”状態。奥中康人『国家と音楽──伊澤修二がめざした日本近代』(春秋社、2008年)がサントリー学芸賞受賞とのことで、慌てて引っ張り出す。どうでもいいけど、サントリー学芸賞4部門8点のうち5点までは刊行時に入手していました(他に、日暮吉延『東京裁判』平松剛『磯崎新の「都庁」』堂目卓生『アダム・スミス』片山杜秀『音盤考現学』『音盤博物誌』)。ついでに言うと、先週授賞式のあったアジア・太平洋賞も4点のうち3点まで同様(若林正丈『台湾の政治』水谷尚子『中国を追われたウイグル人』園田茂人『不平等国家 中国』)。

 奥中『国家と音楽』では、久米邦武『特命全権大使米欧回覧実記』の記述を踏まえ、欧米のコンサートホールで大勢の人々が一つの音楽に熱狂的な拍手を送り、みんなで一斉に歌うというシーンに岩倉使節団は感嘆したのではないかと指摘する。国家と国民とを有機体として捉え、その関係性を有効に機能させるための装置として伊澤は音楽を重視したのだという。忠君愛国=近代天皇制を軸とした国民形成の手段として西洋音楽による感性的な規律化が行なわれた。伊澤については、第一に西洋音楽の普及→文明開化の役割→開明派として肯定、もしくは第二に天皇制と結びついた封建主義教育→否定、という形で従来は評価が二分されていたらしい。本書は、現代の我々の価値観をいったん保留した上で、この分裂的なイメージを一つに集約して伊澤の教育思想を捉え返している。

 山東功『唱歌と国語──明治近代化の装置』(講談社選書メチエ、2008年)は、日本語学の立場から唱歌教育に注目、その立役者の一人として伊澤が取り上げられる。学校教育で子供たちに暗誦させるための手段として唱歌が使われたが、国語・唱歌・体操(たとえば、行進曲やラジオ体操)という三教科によって身体レベルでの規律化が重視されていた。手段として西洋的な音感が基盤となりつつ、その西洋的なものを覆い隠しながら“日本”なるものが演出されたという指摘が興味深い(たとえば、信時潔作曲の「海行かば」)。

 以前、台北市内を歩き回ったとき、芝山巌学堂の跡地まで足をのばしたことがある(→参照)。日本が清から台湾を割譲されたばかりの頃、ここに起居していた日本人教師たちが原地民によって殺害されるという事件があった。伊藤博文の揮毫による碑文が現在でもたっている。この教師たちの取りまとめ役だったのが伊澤修二なのだが、彼はたまたま、台湾で病死した北白川宮の遺体に随行して一時帰国中だったので難を逃れた。伊澤修二というと私にはまず植民地に派遣された学務官僚としてのイメージが先にあって、近代音楽教育の確立者としての姿とは切り離して捉えていた。上掲2冊とも伊澤の台湾時代については具体的には触れられていない。しかし、近代日本が国民国家形成にあたり、音楽教育による規律の身体化が不可欠な要素とされていたこと、そこで主導的な役割を果したのが伊澤であったことを知り、彼の台湾派遣が持った意味合いもトータルで納得できる。日本と植民地との関係を考える上でも示唆的な論点が提示されていると思う。

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