片山杜秀『音盤考現学』『音盤博物誌』
片山杜秀『音盤考現学』『音盤博物誌』(アルテスパブリッシング、2008年)
『レコード芸術』に連載された批評エッセイをまとめたもの。著者の『近代日本の右翼思想』(講談社選書メチエ、2007年)は読んでいた。政治思想史畑の人とばかり思っていたので、掲題書を書店で見かけたとき、なぜに現代音楽?と不思議に思ったのだが、パラパラめくると二〇世紀を彩る数多くの音楽家たちの話題がちりばめられている。この手の本で読みやすいものは意外と少ないので、取りあえず買ってあった。積ん読状態になっていたのだが、サントリー学芸賞受賞とのことで引っ張り出したところ──いやいや、これが実に面白い!
第一に、一般的な認知度の低い近現代日本音楽史の人物群像がこまめに掘り起こされている。山田耕筰の島国的せせこましさを批判した團伊玖磨に中国・シルクロードと大陸的なものへの思いを見出したり、信時(潔=「海ゆかば」の作曲者)楽派に坂本龍一を絡めたり、松村禎三の宗教性に淫靡なエロスを感じ取ったりとイマジネーションを豊かにふくらませているのも面白いし、伊福部昭への愛着などなかなか読ませる。一見自由人らしい山田一雄が、日本人は本当に西洋音楽を理解できるのかという問いで堂々巡りしていたのに対し、古き謹厳実直さ=保守的にイメージされやすい朝比奈隆が、芸術そのものへと向き合う姿勢からとっくに“日本人”を超えてしまっていた、その意味で実は新しかったのではないかという対比は興味深い。
第二に、音楽エッセイという形を取りつつ、実は全体的なライトモチーフとして近代思想史が語られている。たとえば、アイヴズの不協和音にエマーソンを結びつけてアメリカの個人主義を論じたり。シュトックハウゼンなんて私にはワケワカメだったけど、中心となる音程を欠いた彼の総音列主義に、ナチズムから解放されたドイツ青年の思い入れを感じたり。近現代日本の作曲家たちの系譜の後景に、西洋を模倣しつつもお国訛りが出てしまう“近代”の葛藤や、岡倉天心の呪縛を読み取ったり。とにかくテーマは尽きない。音楽という感性的なものをとっかかりに視点を変えてみると、かたくなりがちな思想史的テーマもヴィヴィッドなものとして立ち現れる。そこが新鮮だ。
軽妙な筆致、縦横無尽な話題の引っ張り方には博識な才人ぶりがうかがわれる。音楽と思想史、こういう聴き方、論じ方があるのかと、いちいち目からウロコを落としてワクワクしながらページをめくった次第。
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