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2008年11月20日 (木)

新保祐司『信時潔』

新保祐司『信時潔』(構想社、2005年)

 田沼武能によって撮影された信時潔の写真が本書カバーを飾っている。和服姿、ゴツイ面構えに短く刈り込んだ頭髪。大工の棟梁というおもむきで、近現代西欧音楽を摂取した作曲家とは一見したところではわからない。

 信時は「海ゆかば」の作曲者として知られている。軍国主義礼賛と受け止められ、戦後、この曲が演奏される機会はほとんどなくなった。私自身、名前は知っていてもメロディーは思い浮かばない。そもそも、母校の校歌の作曲者が実は信時なのだが、そのこと自体最近まで知らなかったくらいだ。同年代の山田耕筰の場合、彼の戦争協力を批判する声が現在でもあるにしても、一応、近代日本音楽の先達として確固たる位置を占めているのに対し、朴訥な信時は山田のように器用に立ち回ることはできなかった。

 “軍国主義”というレッテル貼りによって彼の音楽性そのものを無視してきた戦後の安易な風潮に対しての著者の憤りには賛成できる。ただ、その一方で、信時のメロディーの根柢から政治的なものを超越した精神的な歴史性・民族性を感じ取ろうとするところは、私には正直なところよく分からない。著者は1950年代の生まれだから戦後世代で、戦前・戦後という区分を越えて連綿と続く感性を取り戻したいという情熱があるのだろう。文芸批評ではなく国学と称したいと著者は言っているが、意識下の集合的心性を汲み取ろうとしていると考えるなら、何となくユング的な感じもする。否定するつもりは全くないのだが、共感のとっかかりが私にはつかめない、その意味で私自身の感性が歴史的な“日本”なるものからかけ離れてしまっているのかとつくづく思ったりもした次第。

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