佐藤卓己『輿論と世論──日本的民意の系譜学』
佐藤卓己『輿論と世論──日本的民意の系譜学』(新潮選書、2008年)
“輿論”(よろん)=公論(public opinion)は善悪・損得について理性的討議を通して合意形成を目指す意見であり、“世論”(せろん)=私情(popular sentiments)は美醜・好悪についての熱狂的な共感を相互確認するもの。メディア論的には、前者はコーヒーハウスでの議論、後者は街頭での大衆運動と理念化できる(後者については、日本だと山本七平いうところの“空気”が分かりやすい)。
戦後、国語審議会が進めた漢字制限によって言葉の用法が混乱したケースは多々見られるが、“輿論”もまたその一つ。“輿論”と“世論”──戦前においてその意味するところは対極的であったにもかかわらず、“輿”の字が常用外とされて“世”があてられたため、両者の相違が曖昧になってしまったという問題点から本書は出発する。
“輿論”と“世論”の対比を軸として、戦時期における世論研究から、戦後における憲法世論調査、安保紛争、東京オリンピック、田中角栄の捉え方、天皇崩御時の自粛現象、テレビ政治などの問題を俎上にあげ、それらをめぐる言説および国民感情のたどった道筋が整理される。“空気”は日本人の自立性のなさの表れだ、みたいな印象批評に傾かず、社会理論の枠組みをしっかり設定した上で議論を進めているので安心して読める。
新聞社等の世論調査による単純化→自己成就予言的、という問題も確かにある。ただし、そうした“世論操作”への批判は正論ではあるが、糾弾するだけでは責任逃れの感あり、とも指摘される。では、各自で何ができるのか? “輿論”と“世論”の使い分けが大切だと著者は言う。つまり、目の前にある議論を、さらには自分自身の意見をも、このどちらに分類されるのかと常に自問していく。そうした思考ツールとしてこの枠組みは使える。基本的にはメディア史の議論ではあるが、個々のテーマについての分析は、読み手自身がこの思考ツールの使い方を追体験していく、いわば練習問題ともなっている。ぜひ一読をおすすめしたい。
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